変化の始まり
最近なんだか、ハリス王子がこちらに近づいてこない。そればかりか、こちらを忌々し気に睨んでいる場面が増えた。こちら、正確には私の隣にいるシリウスをだ。彼は飄々とその視線を受け流している。
あの日、ハリス王子と彼を二人きりにしたのは間違いだったのではないか、そう感じてならない。このままでは国が二分する結果となり得る。あれ、そもそも私達は便宜上この国の貴族であるけど、正しくこの国の国民ではないのだ。二分も何もなかった気もする。
どうも、今日とて頭がこんがらがっているベルトリアです。リズベットは態度を改めたのか、クラスに馴染む方向に進んでいる。既に彼女はゲームよりも、クラスメイトや攻略対象との仲を良好に保っている。今中等部の一年目。ゲームは既に始まっているけど、まだ最初の内は恋愛ゲームというよりはチュートリアルをプレイしているみたいなものだ。今の時期はまだまだチュートリアルで、魔法の使い方や恋愛モードのチュートリアル、アドベンチャーモードへのチュートリアル。それぞれを全部含めて、ゲームでは走るように季節が過ぎていた。簡単に言えば、中等部の三年生まではチュートリアルです。
一年目は魔法やゲームの選択肢の選んだ先を、バタフライエフェクトとして変化していく様を指す。そして二年目でアドベンチャーモード、三年目で恋愛モード。そして中等部の最終学年の四年生でいよいよ本編が始まる。
ちなみにチュートリアル内での出来事も本編に影響するのだから、失敗というモノが許されないシビアな状況だった。この次期から好感度上げってスタートしているんだよ?ここで失敗すると、だれか選べない対象もいたくらいだ。
「トリア、何考えてるの?」
アリアが私の顔を覗き込んでくる。すっかり思考の先に飛び立っていた私は、驚きのあまりに石のように固まってしまう。
「そんなに深く考え込むなんて、珍しいね」
彼女は心配そうに私の頭を撫でる。そのままおでこに手を持っていき、熱がないか確認されてしまう。
「熱はないわ」
「ならよかった」
今は放課後で、学校の中に併設されているカフェに向かっている。男子たちはそちらで会話が盛り上がっているようで、後ろにいる私とアリアは静かに後ろをついていく。
「ハリス殿下の事を考えていたの」
「ああ、確かに最近態度がおかしいよね」
あの日呼び出した後、ハリス殿下は王城に戻ったと聞いた。その後彼は私達から距離をとるようになった。少し鬱陶しいのが居なくなって、ほっとしてしまっているのが本音だ。
「それなら、きっと僕のせいだ」
いつの間にか隣に並んでいたシリウスがそう言うと、悪戯めいた笑顔を浮かべる。彼は精霊の血を引くはずなのに、たまに妖精も真っ青な行動をしてのけることがある。きっと殿下はそれを食らったのだろうな…。
「なんて言ったの?」
私がそう聞くと、シリウスは少し眉をひそめて小さく笑う。
「彼に王族としての価値がない、本質を理解していない、何故自分が偉いって思っているのかってことを…」
「ちょっとそれは不敬罪待ったなし!!なんてことを聞いてるの!」
私は彼の言葉に思わず被せ気味に声を張り上げる。前を歩いていた二人も何事かとこちらを振り返る。
「当たり前のことを。僕らは僕らの為でもあるけど、この国の為に命を懸ける。君達は故郷を捨てて、戦う事を選んだんだ。彼はそれを知らないで、さも当たり前の様に自分が優先されると思っているんだ。それは共存する一族の者として許せない傲慢さ」
シリウスは冷めた笑顔でそれだけ言うと、私の方を寂しそうに見つめる。確かに彼は王族で第一王子で、腹黒く計算高いがまだ子供なのだ。ああ、でも私達もまだ子供だ。私はそれ以上何も言えなくなってしまった。魔が狙うのは私だ。この国を巻き添えにするわけにはいかない。でも魔がこの国を狙わないとは限らない。
それなら王族の彼らが、何も知らないのはちゃんちゃらおかしい話なのだ。
「何難しい話してんのさ、さっさとお遣いの珈琲買ってルーファス先生のところに戻ろう」
ロイスが場の空気を変えるように、さっと明るい声を出して私達を促す。アリアはその後ろに従って歩き出す。シリウスも歩みを進めようとして、私が彼の手を握って止めた。
「トリア?」
先程と変わらない寂し気な笑顔を私にまた向ける。きっと彼は私達との根本的な中心の違いを、感じ取ってしまったのだろう。私達はこの国に産まれて、彼は違う場所で生まれ育った。
「シリウス、ごめんね。確かに私達はこの国に産まれたし、王族に形だけでも貴族として従ってきたわ。私達の無意識が貴方を傷付けていたのなら、本当にごめんなさい」
私はそう言うとシリウスは、少し驚いたような顔をして小さく首を横に振った。
「いいや、僕も悪いんだ。僕がエルフの里を中心に考えるように、君らもこの国を中心に考えているだけだ。でもそれを何も知らない殿下に押し付けたのは、まずかったね」
「いいえ、いずれは知らなくてはいけなかったわ。でも私が貴方に怒ったのは、それじゃないわ。この国では王族が最上位なの。例え罰されなくても貴方の立ち位置が危うくなることはある。危ない事はしないで」
私がそう言うと、彼は目をぱちくりと瞬かせ嬉しそうに笑った。
「心配してくれているの?」
「当たり前じゃない。でも本当なら私の役割をシリウスに押し付けてしまって、本当にごめんなさい」
私は改めて彼に頭を下げる。彼も自分の事を大切にすると約束をしてくれて、少し先で待ってくれていた友人たちに合流するべく足を速めた。