直談判2
すっかりヒロインを手中に収めてしまいました、ベルトリアです。私に抱き着いた彼女はすっかりしっかり、大声で泣き始めてしまったので困りもの。シリウスが機転を利かせて、国について教えてほしいと殿下を連れだして、アルと私で学校の中庭にある東屋に来ております。
殿下には訝しがられたけど、泣いている乙女を慰める為と見て納得していただいた。アルに至っては私の前暮らしていた世界の話をしていたせいか、そちらの言葉だと気が付いたようで有能過ぎて怖い。
「さて、ここは静かよ。もう泣き止んで」
私がリズベットにそうお願いすると、彼女はしゃっくりを上げながらも離れてくれた。すっかり涙と鼻水で、私の制服のカーディガンは濡れてしまっている。
「ごめんなさい、ベルトリア様…」
リズベットは震える声でそう言うと、どこか気の抜けたような顔をして私を見た。
「貴女も転生者だなんて思っていなくて…、本当に迷惑をお掛けしました…」
彼女はそこまで言うと深々と私に頭を下げる。私はそんな彼女の頭を少し撫でると、頭を上げるように促した。
「私は転生者とは少し違うのだけど、確かに日本で暮らしてた前世がある。この身体には古代魔法に呼び寄せられた私の魂と元々の魂、その魂が二つあるの。色々と深くは聞かないでね、秘匿事項に当たるから」
私は彼女にそれだけ言うと、こてんと首を傾げて小さく笑った。リズベットは頬を赤く染めて、首を横に振る。
「やっぱり可愛すぎる…」
彼女は小さく何かを呟くと、私の両手をグイっと掴んですごい勢いで飛びついてきた。
「やっぱり貴女は素敵だわ!!私実はベルトリア推しだったの!!目の前に本物がいて、そのキャラが同じ日本の記憶があるって奇跡よ!!」
リズベットは私とアルが引きつって黙っているのにも気が付かず、私のターンだとばかりに喋り続ける。合間合間に、声を掛けるが聞いちゃあいない。
「ベルトリアってみみっちい嫌がらせをするにしては、盛大に割を食うキャラだったけど、アドベンチャーモードの背景と関わっているならそちらの為に退場したのね!ああ、こうしてはいられないわ。私もアドベンチャーモードに!!」
「ストップ!!!止まりなさい、話を聞きなさい!」
流石の私も堪忍袋の限界が来たのか、気が付いたら怒鳴っていた。人生で初めて人に怒鳴ったかもしれない。リズベットはポカンと口を開け黙り込んで、私のすぐ横でアルも驚いてしまっている。
私は咳払いを一つすると、真剣な表情を作り上げ彼女に話をする。
「リズベット、良いかしら。貴女はこのまま恋愛モードを行きなさい。私はすでに魔に狙われているから、国に留まることが出来ないわ。数年もすれば戦争の始まりよ」
「だから私も加勢して…!」
「あなた一人の加勢で何になるというの?高々人間一人の魔法と、妖精や精霊、エルフの使う魔法。その差は歴然、私達の争いは古代魔法を使うのよ。人間を巻き込むわけにはいかない」
私がここまで言い切ると、彼女は不満そうな顔を隠しもしない。頬をぷくっと膨らませると、流石ヒロインと言わんばかりに、可愛さが溢れている。
「でも冒険のルートに進めば、それなりに魔との戦いはあったわ!それでも倒せていたのだから、力になるはずよ」
私は小さく溜息をつく。彼女はやはりゲームでも、転生した彼女だとしても正義感の塊だ。そして天真爛漫で、行動の予想が付かない。この世界の知識があるだけむしろ厄介だ。
私は先程とは違う、大きく深いため息を吐いた。流石に彼女も何かの違和感に思い至ったのか、口を噤んでこちらを見る。何故そこまで自分は出来ると、思い込んでいるのか。たかが人間一人が何を出来るというのか。彼女はヒロインなだけで魔力チートはないんだ。
段々、現実の見えていない彼女に怒りが湧いてきた。どこまでも彼女は、ヒロインなのだ。私の中のもう一人の私も、苛立ちを隠していない。私達は水と油の存在なのだと思い至った。
「前回の魔との争い、どれだけの妖精と精霊、エルフ、サンティスとファウストの人が死んでしまったと思う?」
私はそう言うと、無表情に彼女を見据えた。彼女は小さく息を飲むと、流石に自分の考えの甘さを悟ったようだ。
「…そんなに被害が出たの?」
「ええ…。長寿であるはずの私達に、その頃の生き残りがほとんど存在しないのが証拠かしら」
私はそれだけ言うと、視線を床に降ろす。アルも詳細は知らなかったのだから、横で息を飲むのが分かった。そうなのだ、彼らは完璧に貰い事故。やっぱり巻き込まれるべきではないのかもしれない。そしてそれは、この国の民も同じだ。
「この国の民を、あの頃の様にただ無残に惨殺される訳にはいかない」
私はそれだけ言い切ると、ゆっくり彼女に視線を向けた。ようやく理解に至ったのか、彼女も私をしっかりと見つめた。
「だから私に、恋愛モードに進んでほしいと?」
「ええ、そうすれば殿下が私を選ぶ選択肢が減って、この国が巻き込まれるリスクが減るわ」
「たとえ私が聖魔法を使えようとも…?」
「勿論、知った上で言っているのだから。魔力が底なしの私も白の乙女らしく全属性扱えるのよ」
実はヒロイン、平民は無属性しか使えない筈なのに光属性の聖魔法のみ扱うことが出来る。つまり先祖のどこかに貴族の血が入っているのだ。でも彼女の魔力は平民にしては魔力が強くて、貴族の中に混じれる程度なのだ。あくまで人間の域を出ない。
「貴女が出来ることは、もし闇の妖精や精霊が悪戯をしているのを見かけた時に、浄化の魔法をかけてあげることくらいよ。その姿が複数体居るなら諦めて逃げることをお勧めするわ。死にたくないでしょうし」
私はそこまで言うと、出来るだけ優しい笑顔を意識して顔に浮かべる。そのままリズベットの頭をゆっくりと撫でると、彼女は歯痒そうに俯いてしまった。
「ヒロインだからって、何でもできる世界じゃないでしょう。このゲームはそういう風に作られている」
「分かっているわ、バタフライエフェクトだもの…。運も実力のうち、ヒロインだと甘えて暴れていた自分が恥ずかしいわ」
リズベットはそう言うと、顔を上げて私を真っすぐ見つめた。
「それでも、力になれることは助けさせて。戦力になろうとすればきっと足手纏いでも、魔道具や罠を研究したら役立つかもしれないもの」
私は彼女のその言葉が、ただ嬉しかった。飾り気のない真摯な言葉に、思わず本当の笑顔がこぼれた。
「ありがとう」
私がそう言うと、彼女は顔を真っ赤にして大きく頷く。そしてそのままロボットの様にぎこちない動きで寮へと戻っていった。
「私達も戻りましょう」
私がそう言ってアルに視線をやると、彼は自分のカーディガンを私に差し出してきた。
「トリアのは汚れてるし、これ着とけよ。汚れてるのは預かってやるから」
「…ありがとう」
私は小さく笑って自分のカーディガンを差し出した。彼のその優しさが嬉しかった。だからこそ、巻き込んだことに罪悪感が大きい。歩き出した私の横に並ぶように、アルも歩き出す。私達は無言のまま、寮へと戻った。