直談判
前半ベルトリア、後半お久しぶりですヒロイン、リズベットです。
「君から声が掛かるなんて光栄だよ、妖精の花姫」
ハリス王子は酷く冷えた笑顔で私を見ている。今日私は彼を呼び出したのだ。
「彼女が一緒というのが若干気に食わないけど」
彼はそう言いながら隣の少女を忌々しそうに見つめる。少女ことリズベットは居心地悪そうな顔で、明後日の方向へと視線を向ける。
「お呼びたてして申し訳ございません、殿下」
私は彼に微笑むことを止めた、いつもの無表情で相対する。今目の前にはリズベットと殿下、そして私の後ろには離れてくれなくなったアルとシリウスがいる。ロイスとアリアはお兄様に呼ばれて、そちらの用事に出かけてしまった。
「そちらの様子を見る限り、僕の気持ちが通じたという訳では…なさそうだね」
殿下はそれを言うと、小さく溜息を洩らした。
「私の方の事情は陛下の方からお伝え頂いているはずです。何故そこまで私にこだわるのですか?」
私は小さく溜息を洩らしながらそう言うと、目の前にいる二人を見た。殿下は苛立ちを含んだ視線を隠さずこちらを見ている。そして横にいるリズベットは何故か驚いたような顔をして、私と殿下を交互に見て、そのまま私の後ろへと目を向ける。
「失礼ですが、最近ナーガのクラスの見覚えのある男子生徒から、追われることが多いのです。絡まれるというよりは、追い駆けられ追い詰められているような感じなのです。私も一人の貴族の一員であり、そのような状況に置かれたくありません。どうか殿下からお声掛け頂けないでしょうか」
私はそう言うと、静かに頭を下げる。これは一見弱味を見せているようでそうではない。だって私、ナーガのクラスの男子って殿下の側近候補しか知らないもん。見覚えのある―つまりあんたの側近―から追い駆けられている、という嫌味である。頼っているというよりは、これを黙っておくからそっちで対処しやがれって脅しているだけである。
私がそこまで言うと、殿下は訝し気に目を細める。まるで詳細は知らなかったのか、横にいるリズベットに視線をやる。彼女は目を白黒させながら、殿下を見ず私に視線を向けたままだ。
そこまで分かりやすい顔をして私を見ていると、自分が何か噛んでるってのがバレバレだぞ!そんなに見つめるなら、何の事か分からないって顔を貫こうぜ。
「男子に囲まれたくないと言いつつも、君の周りにはいつも男子生徒の友人しかいないではないか」
殿下はそう言うと私の背後の二人に視線を向ける。
「殿下、俺は彼女の護衛をサンティス家から頼まれているのです。妖精付きとしての訓練の一環としてです」
アルは少し頭を下げながら、殿下にきっぱりと言い放つ。それに続いてシリウスが口を開く。
「僕も取り巻きとして、捉えられては困るな。エルフの代表として、精霊王の血族として王族とも関わりを持ちたいと彼女に頼んだんだ」
彼はにっこりと嫌味なほどの柔らかい笑顔を向けている。殿下はうっと言葉に詰まると、笑顔の仮面を被り直す。
「では、君につき纏っている生徒はこちらの方から注意しておこう。まさか君が我がクラスメイトにつき纏われているとは思わなんだ」
殿下は気を取り直してか、そう言うと私に心配そうな視線を向ける。だが彼の意識は隣にいるリズベットへと向いているようで、彼女の方は非常に落ち着かない様子で手遊びをしている。
「ところで、なぜ彼女も呼んだんだい?」
殿下は本題とばかりに私に切り出した。その様子からして、この質問は誤魔化すことが出来ないだろう。
「彼女にも用があったのですよ」
私はそう笑顔で殿下に返すと、彼女に向き直る。リズベットは私の顔を見ながらひっと息を飲むと、石のように固まってしまう。私はそんな彼女に満面の笑みを向け、彼女にしか聞こえないように日本語で呟いた。
「“貴女ヒロインなら楽しみなよ、私アドベンチャーモードするから”」
私の言葉を聞き取ったのか、彼女は目を零れ落ちそうなほどに開く。
「嘘…」
リズベットはそれだけ呟くと、私を見ながら首を小さく横に振る。そしてゆっくり足を後ろに引く。そんな彼女に私は続けざまに笑顔で呟いた。
「“白の乙女って私って知ってた?戦争回避に忙しいから巻き込まないでね?”」
リズベットは私の呟きを聞くと、ぴしりと石のように固まった。どうやら彼女はやっぱり私以外の転生者ということだ。私が転生なのかは少し怪しいけど、彼女は間違いなく転生者なのだろう。日本語の呟きを理解しているようだし、何より白の乙女に対する反応が顕著過ぎる。
「リズベット?」
殿下が彼女に呼び掛けると、彼女は弾かれたように私に抱き着いてきた。
「えええ!?」
これは予想外です。
◇◇◇◇
ベルトリアに呼び出された。殿下と一緒だ。
私は最近、ようやくクラスの中に溶け込んできた、そして愛らしいリズベットの容姿と声をフル活用して、殿下の恋のサポートをすると決めたのだ。悪役令嬢が悪役しないなら、私が恋のサポート役をしてみせるわ!まあ、直接手出しせずにクラスの男子生徒に役どころを与えているのだけれど。
彼女を私が追い駆けても、きっと受け入れるだけで終わるわ。それならば、殿下の側近候補たちを使いましょう!!殿下の恋路を助ける、ベルトリアに近付けるなんて言ったら彼らは「仕方ない」とは口にしつつも、下心満載に受け入れてくれた。馬鹿なのかな?
でも何だか上手くいかない。彼女ってあんなに魔法がチートした存在だったの?何あれ無詠唱で複数魔法行使するとか、末恐ろしいんだけど。いつの間にか居なくなってるし、お陰で助け役に用意していた殿下も訝しげな顔をしている。
彼には下準備の三文芝居は話していなくて、ベルトリアが生徒に追いかけられているから助けてあげて欲しい、と頼んだだけだ。殿下は休暇前のベルトリアの誘拐事件で気が立っているのか、彼女の話にはかなり敏感に反応する。だからそれを使っちゃおうとしたのだ。
でもこれは予想外。まさか告げ口されるなんて。
そして彼女も転生者だなんて。彼女の口から出てきたのは、こちらに来てから一切聞かなくなった故郷の言葉。
「“貴女ヒロインなら楽しみなよ、私アドベンチャーモードするから”」
「“白の乙女って私って知ってた?戦争回避に忙しいから巻き込まないでね?”」
あまりの懐かしさと嬉しさで、彼女の言葉の意味を理解しながらも抱き着かずにはいられなかった。
ああ、私は前世に未練たらたらなんだなあ…。
って、待って。アドベンチャーモード…、え、白の乙女!?待って恋愛モードでは突入しないんじゃなかったの?
あれ!?どういう事!?