追い駆けっこ
少し短めです。楽しんでくれると幸いです!
秋の風が木々を撫で、葉を色付かせていく。休暇が明けた頃には秋が近づいていたけど、その頃とは打って変わって肌寒さが際立っている。頬を撫でる風の冷たさに思わず肩を竦めて、私は渡り廊下を駆けています。
どうも、こんにちは。ベルトリアです。どうして走っているのかって?それはナーガの男子生徒から逃げているからだよ!
「待ってくれ!サンティス嬢!」
私を追い掛けてくるのは魔法大臣の息子、としか知らない公爵家の子息だ。この国の公爵家なんて、イデアしか覚えてないのは私の秘密だ。
私は彼の呼び声を無視して、風の魔法を身に纏う。一気に体が浮いてそれを風が運ぶ。目指すはこの先、薬草学の研究室だ。どうか居てくれ妖精王。私の身体が研究室の前に辿り着いた時、勢いよく戸が開かれ中に引き込まれる。顔を上げるとニヤニヤした妖精王がこちらを見ていて、助けを求めに自分から来たのに逃げ出したくなってしまう。
「久しいな、花姫。いな、白の乙女?」
「授業ぶりです、先生」
妖精王の嫌らしい悪戯な笑みを、さらりと躱しながら満面の笑顔でそう言ってみる。彼は面白そうに笑うと、戸に手を伸ばす私を戒める。
「今出ると丁度鉢合わせるぞ」
「それは嫌だわ」
私は彼の言葉に従って、そのまま椅子に座らせてもらった。
「んで、どうしたんだ」
妖精王は面倒くさそうに私に問う。彼は何が起きているか分かっていて、こういう質問をしてくるからいただけない。
「大臣の息子に最近、追いかけられているんです」
私がそう言うと、それは分かっているとばかりに彼は鼻を鳴らす。
「それに心当たりは?」
「全くありません」
私はそう答えると、視線を床に落とす。正直に言えば心当たりはある。それはヒロインだ。彼女はこの世界でもナーガの生徒を篭絡したようで、何かを企んでいるらしいのは見て取れる。彼女は策略家だけど、顔に出過ぎていて表に出るのに適していないんだろう。
「本当は分かっているくせに」
妖精王は呆れたような顔になり、そっと私に紅茶を出してくれる。そのまま彼はポットを壁際のサイドテーブルへと置き、壁に掛かった絵を撫でた。
「彼女が原因なのは、薄々分かっています。でも理由が分からない。彼女は私の記憶にある選択肢の中ではヒロイン、つまり主人公なのです。彼女が幸せをつかむストーリーの中に、私が生を受けている」
私は先生の淹れてくれた紅茶を飲みながら、そう呟いた。この物語はリズベットが主人公だ。私は脇役の悪役、どうやって考えてもサイドストーリーなのだ。
妖精王は猶の事分からない、といった顔をする。私は侯爵家の令嬢で彼女は平民。どうやったって彼女が私に勝てるはずないのだ。
戸の外側が段々騒がしくなり、誰かを探しているような声が響いて来る。その中に先程の大臣の息子の声と、聞き慣れたハリス殿下の声もあるようだ。
「ほうら、お前を探しているぞ」
妖精王のその声に私は弾かれたように顔を上げる。
「どういうことでしょう?」
「これはその“ひろいん”とやらが仕掛けた罠だ。付け狙われ怖がっているお前を、颯爽とあの王子が助ける算段だったのだろう」
妖精王の言葉に、私の表情筋が仕事を失ってしまったのが分かる。本当にげんなりする。いい加減にしてほしいものだ。私はそういう所で助けられても嬉しくない。というよりもこの学園の生徒からは、逃げきれる自信があるだから。
「あのひろいんとやらは、気を付けたほうが良い。彼女は魔力が強いが、それ以上に人心掌握の心得があるようだ。巻き込まれるなよ、白の乙女」
妖精王はそれだけ言うと、私に紅茶のおかわりを注ぐ。しばらく嗜んだ頃に、タイミングよくお兄様が部屋に駆け込んでくる。どうやら妖精王が呼んでくれていたらしい。私達は彼に礼を取ると、すぐさま自分の寮へと帰った。
「ベルトリア!!!」
寮に入るとすぐさま私を怒鳴りつける声がする。顔を上げるとすっかり怒ったアルがこちらを睨んでいた。
「どこにいってたんだ!皆で探したんだぞ!」
彼は酷く心配そうに、どこか怯えた顔で私を怒っていた。ああ、ここまで心配させてしまったのだと深く反省する。
「ごめんなさい、人に追いかけられていたの。怖くて薬草学の研究室に匿ってもらってお兄様に送ってもらったわ」
私はそう言うとすっかり青褪めた彼の手を握り、頭を下げて謝罪した。アルは毒気抜かれたように溜息をつくと、私の頭を優しく撫でてくれた。
「皆に謝っとけよ」
「うん、そうする」
私は彼に手を引かれながら溜まり場にしている談話室へと足を運ぶ。そこにはロイスとアリア、シリウス、マークが揃っていた。皆心配したと怒りながらも私の事を抱きしめてくれた。その中で、アルは一度も私の手を離さなかった。