婚約者候補
「さっき家名は分からないって言っていたけど、スピリウス…?」
アリアがシリウスに首を傾げながら問いかける。そうだ、確かにそう言っていた。シリウスは照れ臭そうに、はにかむと私に視線を向ける。
「僕は父方と母方、エルフと精霊のどちらに性質が近いのか分からないんだ。お母様と同じ精霊だと、僕は姓がない。だけどお父様の姓はあるし、聞かれるたびに濁すのも面倒だし、スピリウスを名乗ることにしたんだ」
「そうなの、学校の中だけでもそうするのはいい事だと思うわ!自分のルーツを認めることにもなるし」
私は笑顔でそう言うと、シリウスの手をそっと握る。シリウスも嬉しそうに笑うと、もう一度私に視線をやる。
「そう思えたのもトリアのお陰だよ。僕は精霊とエルフだけど、君は妖精にエルフ、人間で自分が何なのか僕より分からなくなりそうなのに、自分を持ってるから」
「そうかしら?私は、私以外の何者でもないの、私は私だと思っているだけよ」
私がそう言うと、アリアとロイスもほうっと息をついて、アルはニヤリと笑う。シリウスは目を大きく開いて、そして小さく頷いた。
授業が始まり、課題の提出から慌ただしく時間が過ぎる。シリウスはエルフの例にもれず、恐ろしく美形だ。顔立ちは私に似ているとも言われた。つまり、儚げな優しい目元をした人形のような少年なのだ。
すっかり人に囲まれてしまって、落ち着きなさげな彼を私達はニヤニヤと見つめる。
「そう言えば、サンティス家から手紙が来ていたわ」
アリアが悪戯気に私に声を掛ける。その瞬間弾かれたようにロイスとアルがびくりと肩を震わせる。彼らはお互い目を見合わせて、静かに溜息をつく。
「巻き込んでしまって、ごめんなさい。二人とも私の婚約者候補なんて迷惑だったらいつでも言ってね」
私は彼らの様子を見て、迷惑だったのかと焦りが産まれた。友人だからと甘えていたのかもしれない。視線を下にやって落ち込むと、ロイスとアルが慌てた様子で声を上げる。
「違う!そうじゃなくてだな…」
「そういう事じゃないし、トリアの、その…婚約者に選ばれるかもしれないなんて光栄だよ!」
二人は必死な形相で、私に向き直る。今度はその態度に驚いて、思わずのけ反り椅子がぐらりと大きく後ろへ倒れかける。
「っえ!?」
「危ない!」
私が声を上げると、誰かの声が聞こえるのと一緒に後ろから支えられた。
「大丈夫?」
顔を上げると、そこにいたのはシリウスだった。彼が私の椅子を後ろから支えてくれたらしい。
「ありがとう、シリウス。大丈夫よ」
私がそう声を掛けると、安心したように息をついた。彼はそのまま気まずそうな顔をしている、ロイスとアルににっこりと微笑みかける。
「僕も候補の中に入っているんだ。よろしくね?」
ロイスとアルはぴしりと固まると、アリアがニヤリと笑った。ああ、これは意図的に伝えていない奴だと理解する。
「ああ、みんな。あとで談話室で話しましょう?」
私は曖昧な笑顔を浮かべると、皆に向かってゆっくりと言葉を伝えた。全員の剣呑な視線を受けながらどうやって話そうか、考えを巡らせた。
授業を終え、談話室に向かう途中でお兄様につかまった。
「お兄様」
「ベルトリア、大事な話をするのだろうから僕の研究室へおいで」
お兄様の有無を言わせない一言で、談話室に向かうはずだった私達はお兄様の研究室へ向かった。
「それじゃあ、僕の口から説明するよ」
全員が部屋に入った途端にお兄様が胡散臭い笑顔を見せる。嫌な予感しかしない私をよそに、全員が席に着きながら真剣な顔をする。
「お兄様、真面目な話をしてね」
「わかってるよ、愛しい妹よ」
お兄様のオーバーな表現に、私は溜息をつかずにいられなかった。そんな私を気にせずに、お話は進んでいくのだろう。
「今回の事の起こりは、ハリス殿下だ。彼は可愛いトリアに思いを寄せているけど、王族とサンティスとファウストは婚姻できない決まりがあるんだ」
お兄様はまず前提条件を語る。婚姻できないという件で、ロイスとアリアは首を傾げる。
「それはどうしてですか?」
アリアがそれを質問すると、お兄様は眉を寄せながら返事をする。
「僕らの家系は国よりも古い。そして国を守護し、監視する役目を担っているんだ。その為トリアが殿下に嫁ぐことはできない。抜け道とすれば両想いの末に殿下がサンティスに来ることのみできる。その場合でも、この二人に子は認められない」
その口から語られるのは、七歳の私達には難しい重たい現実だ。だけど皆それぞれが言葉の意味を理解しているようだ。
「それが今回の事とどう関係が?」
アルが横から口を挟む。彼はこの中では一番事情を分かっている。これは皆への助け舟的な質問だ。
「殿下が三年以内に、トリアを口説き落とせば可能という約束にはなっている。けど家的にそれは認めたくない。人間にトリアが嫁げば相手が先に居なくなる。それを避けたいんだ」
お兄様はそう言うと、そっとロイスへと視線を運ぶ。彼は人間のはずだ。だけどロイスとアリアは鋭い目をして、お兄様を睨んでいる。
「キャンベルの家が選ばれているのは、彼らにも薄くだけど妖精の血があるからだ。そしてこの双子はその影響が濃いと分かってる」
「いつから分かっていたんですか?」
「最初からだよ、サンティスとファウストのみが知る秘密さ」
お兄様はそう言うと、お茶目にそして申し訳なさそうに、小さく微笑んだ。