休暇明け
休暇が明けて、ガタゴトと馬車が揺れながら私とシリウスを運んでいく。若干の緊張を孕んだ彼の面持ちは、キリっとしつつも不安な色を隠せてはいない。私はその横顔を表情は出さずに、心の中でニヤニヤと見ております。どうも、皆さまベルトリアです。エルフの美少年尊いですわ。
お父様に添削され、ほぼほぼ削除されたレポートは妖精の民族衣装についてのレポートに様変わりをしました。まあこれでも秘蔵ネタらしいので良しとしましょう。私達がいつか国から離れた時に妖精や精霊の情報を必要以上に渡してはならないそうで、自分のお口にも鍵が欲しい今日この頃です。
シリウスは私とは違い、精霊の血を引くエルフなので恐ろしいくらいに素直で顔芸・腹芸なんて出来ません。領地にいる頃は騙される未来しか見えなくて不安でしたけど、彼自身恐ろしく賢いので騙されることはないでしょう。むしろ手玉に取っているように見せかけて、掌の上で躍らせているかのような恐ろしさを感じます。彼には私も勝てません。
そんな彼は物静かに私の向かいに座って、顔を青白くしてブツブツと何かを言っている。
「緑がない…。恐ろしい、人間はこんなところで生きているのか…」
ああ、産まれてこの方森の中出身の彼には、石造りの町は刺激が強かったようだ。私は彼の手をそっと握り笑いかける。
「大丈夫、学校の中に森はあるわ。自然が無くても人間は生きているけど、それでも必要だから地方に残しているのよ」
「つまり、ここは中心だからないってこと?」
「ええ、だって必要な設備を整えたら自然は周囲にあるのが丁度良いと考えられるもの」
私の言葉に彼は少し考えを巡らせ、目を閉じてしまう。
「ああ、そういうこと…」
そうして勝手に納得すると、自然の無さに落ち着かなかった様子の彼は何処かに行き、すっかり冷静な少年が目の前に姿を見せる。
「まるで別人みたいよ」
「揶揄わないでよ…」
私とシリウスは笑い合い、校門へと近づく馬車に身を任せた。
「トリア!!」
馬車を降りると大きな声がして、風を感じた。その途端私はシリウスに後ろへ引っ張られ誰かの熱烈なハグを躱す結果となった。
「もう、久しぶりなのに…」
私に抱き着こうとしたのは、可愛い親友のアリアだったようだ。勢い余った彼女は後ろからセーブを掛けられたようで、恨めしそうに背後を睨んでいる。そこにいるのはロイスだ。
「久しぶり、トリア」
「久しぶりね、ロイスにアリア」
「トリア、会えて嬉しいわ!彼が噂の…?」
「ええ、シリウスよ」
私は後ろから目を見開いて警戒するシリウスに笑いかける。シリウスは息を吐いて警戒を解く。
「どうも、シリウスです」
彼は端的にそれだけ言うと、にっこりと笑顔を浮かべる。彼のその顔を見ているとエルフの血を感じる。何とも造形めいた顔、感情がすっかり隠れて私という人形の横にもう一人、人形が追加されただけのようだ。
「初めまして、アリアーナ・キャンベルと申します。こっちは双子の兄のロイス」
「初めまして、ロイス・キャンベルと申します。シリウス殿は家名は…」
双子がにこやかに挨拶をする。その様子を見てシリウスは少ししり込みをする。私はそんな彼の背中をトントンと軽く、二回叩いて安心させる。
「家名ですか…。あるのかな?普通のエルフにはあるのかもしれませんが、僕は何分混血なので…」
シリウスは戸惑った風にそう言うと、視線を下に向ける。エルフの里では純血でない事も、肩身が狭くなった一因なのだろう。
「あら、そういうなら私なんて人間とエルフと妖精の混血よ?今更何を言っているのよシリウス」
私が彼をそう笑い飛ばすと、キョトンとした顔で彼は驚き言葉の意味を理解した後は大いに笑った。
「初めまして、シリウスです。よろしくお願いします」
シリウスはホームルームの時間に担任に促され挨拶をする。彼もエルフと精霊の端くれ。恐ろしく美形な為に黄色い悲鳴に囲まれている。
「はいはい、静かに。彼はエルフと精霊王の血を引く方です。失礼の無いようにしてください」
ターニャ先生はそれだけ言うと、クラスの生徒を見回した。一瞬にして静寂がクラスを包み、そしてざわめきが起きる。
「せ、精霊王…」
「本当なのかな」
疑うような彼らの声に何だか苛立ちを覚えて、私はスッと立ち上がるとシリウスに目を向けた。
「シリウス、御出でなさいな。顔見知りのところに来て、まずは馴染みましょう」
私はそう言うとシリウスを呼んだ。彼は一瞬にして嬉しそうな顔を浮かべる。そして魔法を使ったのか一瞬にして私の隣に現れた。
「おお!?」
アルがひっくり返りそうなほど驚いた後、恥ずかし気に咳払いをする。
「俺はアルベルト・イデアだ。アルと呼んでくれ」
取り澄ましたような顔で、彼はそう言うとシリウスを見る。
「シリウス。シリウス・スピリウスだ。トリアの母上が僕の父と幼馴染で縁戚の関係にある縁で、この学校に編入することになったんだ。よろしくね」
彼がにこやかにそう言うと、魅惑的な表情で微笑むのだった。