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森の中



この国の東の淵をなぞるようにあるサーティ山脈に、この領地ももれなく触れている。この山脈に触れた領地を持つのは、サンティス、ファウスト、イデアの三つだ。イデアの領地に含まれるのは山肌が露出した鉱山、ファウストが触れるのは世界樹を含む巨大な山々、サンティスが触れるのは静かな森だった。

私達は簡素な馬車に揺られ、整備のされていない道を進む。ある程度行ったところで小さな広場に行き当たった。どうやらここで降りるらしい。

今日の私達は見た事の無い服を着ている。袋を引っ繰り返して穴開けて被った、といってしまったら感動も何もないがそんな感じの服だ。膝丈くらいのその服は腰のあたりで絞られていて、腰から下は左右に大きくスリットが入っている。その下にはストレートのズボンを身に付けているから、大変動きやすい。普段着を全部ズボンに変えてしまいたい。やっぱりヒラヒラしたスカートって行動が制限されるからなあ…。

ちなみにズボンは全員ベージュの色味をしていて、上の服の色は全員違っている。お父様はグレー、お母様は菫色、お兄様は空色、私が乳白色といった具合に。


馬車から降りると、お父様とお兄様が背負い袋に荷物を入れている。空間を無視したようにどんどん、その袋は荷物を吸い込んでいく。なるほど、これは異世界的物語定番の空間魔法が施されたやつか!

私がワクワクした目でそれを見ていると、お父様とお兄様が得意げに笑って更に荷物を放り込んだ。

「これは収納袋よ。この袋に込められた魔法は特別で、別の空間にそのまま繋がっているの」

お母様が微笑ましいものを見たとばかりに、私に説明をしてくれる。所謂空間魔法ですね!あれ、でもこの世界の魔法って念力のようなものが無属性で、あとは血筋に頼るのではなかったかしら。

「この袋に施された魔法は、古代魔法の一つでエルフと妖精、精霊にしか伝わっていないの。だからこれは秘密よ?」

お母様がそう言ってお茶目に笑う。私は秘密の共有が嬉しくて、にっこりと笑って頷いた。



森の中を歩く。私達が歩くのは道なき道であり、記された道。よく分からないけどお父様は迷いなく進んでいる。だからその後ろを私も迷いなく歩く。でも子供の足には少し辛くて、思わず風の魔法で自分の身体を浮かしてしまいたくなる。

「ダメだよ、トリア。自分で歩くことが辿り着くための条件なんだ。さあ、少し休憩してまた歩こう」

お兄様が私の頭を撫でながらそう言うと、背負い袋から水筒を渡してくる。私はそれを受け取り、水を口に含む。そして前もって渡されていた甘酸っぱい果実を口に含む。皆それを笑って見つめて、自分達も同じように水分を補給していた。

何度かの休憩を挟んだ後、相変わらず木々の間を抜けるように歩いていた。ふと前を見ると、何だか目の前の空間が一部捻じれたように歪んでいるのが見えた。

「あれ?」

私がそう言ってそこを指差すと、お父様がでかしたとばかりに私を撫でた。

「辿り着いたね。さあ、ここが今日の目的地だ」

お父様はそう言うと右手を横に薙ぐように振った。目の前の空間は手の動きに合わせて上下に裂け、先程の森の中とは打って変わった不思議な様相を示した。

そこに広がっていたのは大きな湖だ。空の色を移したかのような美しい透き通った水に、周辺には見た事もない程の色とりどりの花畑。幻想的で美しい空間に、私は息を飲んで感動した。


「ここが、サンティス家の隠す土地。精なる湖、と呼ばれる土地だよ」

お父様がそう言うと私の手を引いて、花畑へとそっと誘ってくれた。そこに咲くのは名前の知られた大層な花でなく、野に咲く小さな花々の様だった。でもそれら一つ一つに生命力が溢れ、謎にキラキラ光った花粉を散らしているものもある。私は小さな花を一つ撫で、そのまま湖へと足を運んだ。そこは信じられないほど広大で、縁はまだ浅いが少し奥に行くと一気に深くなっているようだ。

「深いわ…」

私がそう言うと、横でお兄様がクスクスと笑った。

「じゃあ、あそこまで行ってみる?」

え、何言ってるのこの人。あそこって一番深い場所じゃん。泳げないけど、私。

「いいなあ、皆で行こう」

後ろからお父様の声もして、お母様の呆れたような笑い声がする。何が何だか分からない内に、私とお兄様はお父様に水に投げられ、その後ろから残りの二人の掛け声もした。水に落ちる衝撃に備えたけど、いくら待ってもその衝撃はない。あれ、っと驚いて恐る恐る目を開けると、そこに広がっていたのは水中の町だった。まるで水に沈んだように見えた町は、実は水に見える何かに包まれているだけのようだ。賑やかな街並みでありながら、その地に住む人たちは、嬉しそうに私達を迎えてくれた。囲まれる中、見覚えのある人たちを見付けた私は、驚いて周囲を見渡す。

「お、お爺様!?」

私の視線の先には侯爵を退いて旅に出たはずのお爺様とお婆様がいた。お爺様はお父様とあまり歳が変わらなく見える程、若い見掛けをしている。四十代くらいだろうか、横にいるお婆様はそれより幾分か年に見えているが、彼女も精霊の血を引くから年齢からしてみればかなり若い。キョロキョロと周囲を見渡すと、どことなく皆似たような雰囲気を持っている。ああ、妖精の気配がとても濃いのだわ…。



「ようこそ、私の愛しい孫達。そして息子とファウストの姫よ。この水の郷によくやって来たね」

お爺様が威厳たっぷりに、そしてウィンクしながらそう言った。水の郷と呼んだのはこの土地の事だろう。よく見ると人だけで無く、水の精霊や妖精も沢山いるのが分かる。私はキラキラした目の前の世界に、段々と興奮してくる。それが分かるのかお母様は苦笑いをしつつ、見逃してくれている。

「父上、久しぶりです。妻子を連れ、この地に戻れて嬉しい」

お父様がお爺様と抱擁を交わしながら、笑い合っている。そうか、この土地はサンティス家の人にとって、特別な土地なんだ。ここにいるのはきっと、人の世にいるには長寿なサンティス家のご先祖様なのかもしれない。そう思うと脈々と受け継がれたこの血筋が、少し疑問に感じる。

国の歴史より、絶対古すぎる家なんだろうな…。

私は頭の中で湧いた確信を、喉元で飲み込んで目の前の不思議な世界を堪能した。





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