平穏無事にとはいきません
色々と準備をしているうちに、旅立つ日がやって来た。これは家族揃って初めての旅行であるからして!私は!気合を入れているのです!
初めての家族旅行が自分の領地というのも、少し味気ない気がするけど自分たちの生活を知るのに必要なことだ。ガタゴト大きな音を立てて、石畳から土へと変わった道を馬車が行く。
今回の旅行では、家族が全員同じ馬車に乗って荷物を載せた馬車を含め四台での大所帯となっている。サンティス家の騎士含め、守りは必要最低限かつ、最大限に用意されているようだ。というより当主夫婦が一番魔法に秀でているのだから仕方のない事だ。
「次の町で休憩しましょう」
護衛の一人が、馬車の小窓から声を掛ける。これにも馬車に並走して小窓を開くことが出来なければ、出来ない難しい小技だ。
「あい、分かった」
お父様の返事で、馬車はサンティス領入り口の町で休憩をとることになった。馬車が門を通りゆっくりこの町の首領の家へと向かっていく。この町を治めているのは、お父様の従弟だという。私は勿論覚えがない。私達が馬車から降りて庭園をうろついているあたりで、使いの者が現れた。お父様の従弟の従者である彼は、お母様と私を見て石造のように固まってしまい従弟のフィオルおじ様が休憩室まで案内してくれることになった。
「お久しゅうございます、イアンにマルガレット様。そして初めまして。私が貴方方の父上の従弟であるフィオルと申します」
フィオルは人懐っこい笑顔を浮かべているが、忘れることはなくこの人も妖精の血を引くため見た目が実年齢より若いのだ。見掛けとしてはお兄様より上で、お父様より下といった具合か。でもこの二人にそもそも年齢差を感じる容姿はしていないから、おじ様も含めたら全員二十代にしか見えない。妖精の血筋って恐ろしい。美形って怖い。おじ様もお父様に違わず美丈夫過ぎて怖い。
「よろしくお願いしますわ」
私は礼儀をもって彼に礼をする。同じタイミングで同じ程度の敬意を払った礼をお兄様もする。息の合ったその動きに私は内心舞い踊る。
「ほう…。よろしくお願いしますよ」
おじ様は嬉しそうに笑うと、明日に備えて私達を客室へと案内してくれた。明日は早朝に経つようで、この町を楽しめないのは残念だ。だけれどおじさまの家族を招待しての食事会が開かれるようでそれは楽しみにしている。
食事会が開かれた。この夫婦にはまだ子供はいないらしく、街の特色や最近の様子を話している。私達も初めは楽しく聞いていたが、だんだんきな臭い話になってきて、大人の会話になったのを機にお兄様が連れ出してくれた。
「ありがとう、お兄様。あの話は私が聞いてはいけないと思っていたの」
「僕もそう思うよ。でも今後は話されることかもしれないから今回は父様の出方を見よう」
お兄様はそう言うと、私を軽々と片手で抱え上げ庭へと散策に出かけた。
早朝、アニーにたたき起こされながらも簡素且つ上品なワンピースに着替えさせられ馬車へと放り込まれた。すぐさま両親とお兄様も乗り込んできて、慌ただしく馬車は出る。まるで何かに追われるように。
「こんなに急がれて、どうしたの?」
私がそう聞いてもお父様もお母様も微笑みしか返してくれない。しばらく行った後に後ろから騒ぎ声が聞こえた気がしたが、すぐさまお兄様に話を振られてしまった。これは何かを隠されている気がする。
「ねえ、何を隠しているの?」
私は向かいに座るお父様の膝に、行儀悪くも飛び乗るようにして声を掛けた。
「こら、行儀が悪いぞ」
お父様の声を無視して、じっとその私と同じ色をした瞳を見つめる。
お父様は盛大な溜息をついて、横に座るお母様を見る。お母様は黙って頷いてお兄様を見る。お兄様は納得いっていない顔をしているけど、仕方なさげに頷いた。
「トリア、今お前は魔の者に狙われている。そして泊まった町では闇の妖精の悪戯が始まった。でもお前がいないと分かるとすぐいなくなる。だから心配はいらない。タウンハウスでも似たようなことが起きていたけど、今までは自宅内だったから穏便に片付いていた。だけど、白の乙女と決定した以上それはもうできない」
お父様は淡々とそれだけを語り、沈黙へと移る。つまりどういう事?この慌ただしい旅路は私のせいで、あの町で危険なことが起きているのも私のせいってこと?お母様が信じられないものを見る目でお父様を見て、お兄様は疑いの眼差しを向けている。
お兄様が私の頭をそっと撫でる。その手の温もりでさえ、振り払ってしまいたい。
「では、これらの騒動。そしてこれから起こることは私のせいですのね」
私が感情をこめずにそれだけ言うと、ハッとした顔でお父様が顔を上げる。もう遅い。この人は言い回しが下手だ。私を傷つける気が無くても、この人はそういう感情を言葉に乗せてしまっていた。昔からなんだかんだ、下手な言い回しで困らされてきたけど今回のは一番堪えた。娘として大切にされているのがフリなのかもしれないと、案じてしまう程に。
「そこまで私が迷惑なら、言ってくれればよかったのに」
思わず口をついて出た言葉は、お父様を黙らせてしまう。お母様が唖然とした顔で首を横に振っている。お兄様も意味が分からないといった顔をしている。私の言葉の意味が分かっているのは、お父様だけだ。
「お父様、私邪魔でしたか?」
「違う…、違うんだベルトリア…。私はお前を愛してる。邪魔などと思ったことはない!」
お父様が私の肩を力強くつかむ。その手が痛くとも、私はその目から視線をそらさない。
「なんで、じゃあ嫌そうな顔をしているの?」
「お前が嫌なわけではないよ。この魔がしつこくて嫌になるんだ。お父様も昔狙われたんだ。だからこそ、彼らに狙われるトリアにしてしまったのは私なのかもしれないと思うと、怒りがわいてきたんだ」
お父様がそう言うと、お母様がお父様の頬を叩いた。
「信じられないわ。子供達が不安になっているというのに、その感情を娘に向けたのは愚か、このようなことを言わせるなんて…。弱気なんてらしくないわ…」
お母様はそれだけ言うと私の手を引き、ぎゅっと痛いくらいに抱きしめた。私はその腕の温もりに体を預け、知らない内に溢れた涙を声を出さないように流した。
お兄様はお父様をひっぱり自分の横に座らせると、コンコンと説教を始めている。自分の責任を感じる余り娘に押し付けたのだから、しっかり反省してもらわねばならない。少し可哀そうではあるけど、自分の感情は自分の中で片付けてくれ。子供達を巻き込まないでほしい。段々といつもの空気に戻りつつある車内で、私は泣き疲れたのか眠ってしまった。