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休暇の朝





夏季休暇が始まって二日目。只、日が昇る前である。

私は精霊の樹の下でただじっと、夜明になるのを待っていた。この木に登ってみようとしたら、どこからともなくウィルが現れて止められたので大人しく見上げている。

家族会議から眠れることなく、空が白み始めたのを切っ掛けに外に出てみた。私は風の魔法を使って体をふわりと持ち上げる。そしてそのまま屋敷の塀の上に立つと、その白み始めた空をじっと見つめた。

ゆっくりと街の端から日が昇り、明るく道や家を照らし始める。日が昇り始めたのをきっかけに、少しずつ周囲に生活音が聞こえ始めた。ここにいては目立ってしまう。私はそっと塀から降りると、ゆっくりと庭へと戻る。

いつか眺めた中庭を通り、精眼を使って光を浴びて舞う精霊たちを見つめる。妖精が花の蜜を吸って、それを精霊に咎められているのが見えた。朝から騒がしくも、穏やかな光景にささくれ出っていた心が落ち着く。



私は知らない間に白の乙女になり、旗印にされ、狙われる存在になっていた。一体白の乙女とは何なのだろう。分からないけど、とても自分じゃ背負えないものなのだ。私はただ幸せに生きたいのだ。せっかく生まれ変わったのだから、人生を楽しみたいのだ。

『色々なことに巻き込まれてるね』

「元はと言えば、貴女の持っていた運命の一つよ」

『それを言われると胸が痛いわ』

もう一人の私との会話を楽しみつつ、私はゆっくりと庭を回っていく。中庭の先にあるのは噴水と小さな東屋。そこを目的地にして歩みを進める。

『こうして話すのも、久しぶりね』

「確かにそうね。私達は別の魂だと頭では分かっているけど、最近はもう一人の私という気がするの」

『奇遇ね、私もよ。きっと一つになってきているのね』


足元を土の精霊が走り抜けていく。まだ幼げな姿に産まれたばかりなのだろうと思い至りながら、微笑ましくて笑ってしまう。

私達が小さい頃ってどんなだっけ、そう考えを巡らせようとして何かが足りないことに気が付く。

「…やっぱり私、どんどん忘れていっているのね」

口を突いて出た言葉は、この数年理解したくなかった事実。でも何故か残念だという気は、あまりしないでいるのだから不思議だ。

『気付いてた?でも大丈夫。貴女が忘れてしまっても私はしっかり覚えているわ』

私の中の声がそう言って励ましてくる。事実なのかは怪しいが、その気持ちが嬉しい。

「本当?」

『ええ、貴女の名前も。住んでいた世界の事も、家族の顔も全部覚えてるわ』

「ふふ、そこまで言うなら本当ね」

私達は一見独り言にしか見えないやり取りを繰り返しながら、噴水の傍へと歩み寄る。水の中では精霊が泳ぎながら、楽しそうに遊んでいるのが見えた。


『ええ、だから本当に一つになった時。きっと思い出せるわ。その時はきっと“私達”は、“私”になっていて、一人の記憶として思い出せるはずだわ』

「ええ、そうね。きっとそうだわ」

噴水からゆっくりと東屋へと足を向け、何故かそこに既に待機しているウィルに対して笑う。

「本当、どうしてもういるのかしら」

「お嬢様の事なら何でも分かりますぞ。風が教えてくれますから」

「秘密何て出来たものじゃないわね」

私がそう言うとウィルも笑い、お茶を用意してくれた。本当に用意が良いわねこの人。段々と屋敷の中も賑やかになって、メイドたちが働き始めたのが分かる。厨房が近いのか、朝食のいい匂いがしてきて、自分が空腹である事を思い出す。

心地よい夏の風と、涼し気な朝が照り出した日差しに熱され始める。近くの噴水が無ければきっと茹だるような暑さにすぐになるのだろう。

私はウィルが淹れてくれたハーブティーを、ゆっくりと飲んで一息つく。この椅子に座っても、私は足が付かない。ぶらぶらと揺らしてみたけど、咎める人もいないから物足りない。

「そろそろ日焼けしてしまいます。朝食ですし戻りましょう」

「そうね。お腹すいたわ」

私はウィルにエスコートされつつ、強さが増してきた日差しの中朝食へと向かった。





「領地へは三日後に向かおう。色々準備をしていなさい」

朝食を終える頃にお父様がそう言って、書斎へと仕事をしに向かってしまった。今日はお母様もお茶会に呼ばれているようで、早々に準備へ向かってしまい、お兄様と私が残されてしまった。

「領地か…」

お兄様が何かを思い浮かべるように、空を見つめている。大変悪戯をされそうで怖いので、たまに引き攣る口角を自粛させてください。

「全く記憶にないから、どんなところか楽しみ」

私がそう言うとお兄様の笑顔が、本格的な悪戯仕様へと変わる。辞めなさい不気味です。

「でも、知識としては知っているから騙そうとはしないでね。お兄様!」

私がそう釘をさすと少し残念そうに彼は笑う。

「全く我が妹君は怖いなあ。僕がそんな悪戯をする人だと思う?」

「完全犯罪を目論んで、それを私にさらっと押し付けてしまえるくらいに計画的な悪戯をすると思っているわ」

「それは、ありがたい評価だね」

声を上げてお兄様は笑う。その顔がまたイケメンで腹が立つ。この人はどんな顔をしても絵になるのではなかろうか。私は溜息を一つ吐くと、これからの休暇にしたいことを頭の中で計画を練るのだった。






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