二つの魂
えっちらおっちら、ヨタヨタと歩を進める。前が見えない状況で両親は私を微笑ましく見つめている。自分で意地を張ったとはいえ、予想外に荷物が大きい。
ゆっくりと両親と本館から出たところで、屋敷の馬車が迎えに来ていた。
「いいタイミングだね、さぁ帰ろう」
お父様に声を掛けられるが、私は制服の入った箱を自分で持ちたいと死守したため前が見えなければ返事もできない。
自分の新しい一歩を踏み出した証拠として、この『サラマンダー』のエンブレムの入った制服は自分で持ちたかったのだ。だがこんなに重くて箱が大きいのは自覚してなかった。己の体の小ささが憎い。
見かねたお父様が私ごと腕に抱え上げ、歩き始める。
「うわっ、お父様!」思わず声を上げるとクスクスと両親が笑う。
「可愛いうちのお姫様はあっという間にお姉さんになっていくからね。今のうちに抱えさせておくれ」
お父様が少し寂しそうに私の頬を撫でる。
そう言われると何も言い返せない気もする。子供の成長は早い。
私もあっと言う間に成長し、大人になるのだろうか、それとも破滅を迎えるのだろうか。
子供でいれる時間は有限で、一瞬だ。急いで大人びる必要はない気がする。
まあ、中身にいる私自身、いい大人なんだけどね。体に引っ張られているのか、甘えたい気分がまだ抜けない。
「でも私、まだまだ子供だもの。たくさんお父様とお母様に甘えるの」
物憂げに箱を抱えたまま上目遣いにお父様を見上げる。
お父様の目が大きく開かれて私とよく似た暁色の瞳がのぞく。そして嬉しそうに頬を緩め、私を抱く腕に力を少し込めてきた。
こうなったらお父様はチョロい。
「可愛すぎる…。ダメだ、お嫁に出したくない」
この父は娘大好きだから、きっとそう言うと思ってました。
「そっか、いつか私もお嫁さんになるんだね。
…でも私はいつまでもお父様とお母様と一緒にいたいなぁ」
今度はお母様が「まあ!」と嬉しい悲鳴を上げる。
「困ったわ…。なんて可愛いのかしら…。甘やかしてしまいそうよ」
そんな両親に甘やかされ、私はご機嫌に馬車へと運ばれていった。
ガタガタと揺れながら、馬車は石畳の街道を掛ける。
見慣れた王都をいつもと違う気持ちで眺め、街にあるタウンハウスに向かう。初等部の間は基本このタウンハウスから学校へ通う。領地はお父様が一週置きに戻って運営されているが、私がこの家に残るためお母様も一緒に残ってくれることになっている。
「トリアちゃん、ちょっといいかしら」
お母様が馬車の向かいの席から声を掛けてきた。私は窓から目を車内に戻し何だろうと首を傾げ、お母様を見上げる。
お母様はお父様と目を合わせると、小さく頷いて私を見つめる。
「貴女のことについて、大事なお話があるの」
「とても大事なことだよ、真面目に聞いて答えてね」
両親はいつになく真剣な表情で私を見つめている。
なんだか体の内側から見透かされているような気分になって、ちょっと落ち着かない。
「どうしたの、お父様、お母様」
私は恐る恐る二人を見上げる。二人とも表情に色がなく、じっと静かに私を見つめている。
お母様は一つ息を吐き、意を決した様子で私にこう質問した。
「ベルトリア、貴女はだれ?」
一瞬にして空気が凍って、背中に嫌な汗が噴き出てきたのが分かる。
それはどういうことなのか。私は生まれたときから私として自覚があった。二人は元のゲームでのベルトリアの存在は知らないはず。
でも、私は生まれ変わったとは言え、元のベルトリアの場所を奪ったのだ。少なくとも両親は何かに気付いてる。
そうなれば私はどうなるのだろうか。娘の体を乗っ取った悪者になってしまう?
そんな、魔法の一つも使う前に、ゲームが始まる前に、死んでしまうのか。
「ああ、脅かしてしまってごめんね。そんなに怖がらなくていいのよ」
「そうさ、トリアに自覚があるのか無いのかを見るために、ちょっと驚かさせてもらったんだ」
両親は慌てた様子で私を宥めにかかる。
あれ、いつもの両親だ。私は少しだけ空気が緩むのを感じて両親を見つめる。
「君のその様子だと、自覚があるみたいだね。大丈夫、産まれた時からそうだったんだよ。
トリア、君が偽物とか体を奪ったとか、そんなことは思っていないよ」
「そうよ、トリアちゃん。ただ、貴女の中に魂が二つ居て、混ざり合おうとしていることは何となく分かっていたのよ。でも今日の水晶の様子で確信に変わったの。」
私の中に二つの魂?混ざり合う?
残念ながらそこには自覚はない。私は私だと思っていたけど、まだ中にゲームのベルトリアがいるのかな。いるのなら、私はどうすればいいんだろう…。こんがらがってきた。
私は私だけど、中にまだベルトリアがいて、私は私じゃない。
「ベルトリア、大丈夫。貴女は貴女よ。うまく混ざりきっていない、不安定な魂だけど。」
お母様が私の頬を撫でる。
「そうだよ、昔に比べたらずいぶん混ざった方だ。でも僕たちは知りたい。」
お父様が微笑みながら私に問う。
「ベルトリアと一つになって、君が君であるベルトリアではないという自覚が消えてしまう前に。何処から来て、何を変えようとしているのか、そして僕たちの娘のもう一つの名前を」
そっか、私消えちゃうんだ。え、消えるの?
でもお父様の話しぶりからして存在が消えるのではなくて、前世の私としての存在が混ざって、自覚がなくなるような感じなのかな。
色々分からない。でも私も疑問が一つできた。
何で両親は私の存在に気付いたの?