我が家の家族会議
食堂を出て談話室へと移動した。この時期に暖炉は必要ないけど、少し開いた窓からは夏の湿気を含んだ風が吹き込んでる。
いや、違うな。ウィルが風の魔法で窓から自然と吹き込むように調整してる。何これ、凄い。
お兄様が魔法で氷を作り出し、その氷をグラスに入れ適度に冷めた紅茶を注ぐ。これでアイスティーの完成だ。ウィルがそれぞれの前に配膳し、ゆっくりとした動作で部屋の隅へと下がる。彼はこの部屋で待機するようだ。
「さて、何が起こったのか話してもらおうか」
お父様が笑顔を浮かべたまま、真剣な目でお兄様を見る。頷いたお兄様は私にそっと微笑むと、向かいに座る両親へと目を向けた。
「事が起きたのはテストの時間だった。空間の揺らぎを感じた時、ベルトリアが何者かによって空間の狭間に誘い込まれてしまって。僕は慌てて空間の歪みを探したけど見つけられずに、教師たちは生徒を避難させるしかなかった」
お兄様はそこまで言うと、一口グラスに口を付ける。お母様が口元を手で隠して、何やら考え込んでいる。
「でも妖精王はベルトリアを、闇の妖精の空間にいる、と断言された。闇、即ち魔の者にこの子が攫われたと分かった時キャンベル侯爵の双子の兄妹が手を貸してくれた」
お兄様がそこまで言うと、お父様が腕を組みながら唸り声を上げる。
「確かにあの家には闇の魔法が伝わっている。でも大した力ではなく、不十分なものだったとされているが?」
そのお父様の問いにお兄様が答える。
「あの二人は、双子だからこそ闇の魔法を協力して使っていた。それに彼らのように魔法を使うとなると、きっと幼い頃から無意識に二人で闇の魔法を使っていたんだろうと思う」
お父様は「なるほど」と呟きながら、そっとグラスに手をやる。お母様は視線を上げて私を見て、首を傾げながら何か考え込んでいらっしゃる。
「キャンベルの双子が空間の出口を、学校内の森に固定してくれたおかげでベルトリアは戻ってこれた。これが僕側からの視点だ」
お兄様はそれだけをはっきり言うと、私の頭を撫でて促す。
「私は何かに手を引かれて、真っ暗な空間に居たの。光を灯そうとしてもダメで、真っ暗なままだった。でも浄化の光の魔法を使ったら、空間が崩れて庭園についたの。とても薄暗くて、黒い妖精が黒い粉を散らして飛んでいたわ」
私は出来る限り情景を思い出しながら、両親へと説明する。お父様は訝しげな表情で、お母様は見た事ないくらい真剣な表情で私を見ている。
「彼らは“動き出す”と、喜んでいたわ。そして私の事を“白の乙女”と呼んでいた」
私がそう言うとあからさまに、お母様の顔色が変わる。お父様も信じられないものを見たような顔をしている。
「ねえ、白の乙女ってなんなの?何が動き出すの?」
私は真っすぐに両親を見つめた。白の乙女、それが何かは前世の記憶で知っている。何が動き出すか、それも私は知っているんだ。でも、白の乙女が自分だとは思わなかった。私とは関係ないところで起きることだと思い込んでいた。
お母様は私が知っている事を、知っているのだろう。お父様が何かを誤魔化そうとするのを手で制している。
「お母様、教えて下さる?」
そう言うと、お母様は諦めたように溜息をついた。
「…ええ。まず白の乙女についてを話しましょう」
お母様は隣に座るお父様の手を握り、息を吸い込むと改めて話してくれた。
「白の乙女とは、全ての属性魔法を使える乙女の事よ。伝承では闇魔法に効く光魔法の使い手という事になってるけど、本来は人間、妖精・精霊、エルフの血を引く全属性魔法の魔力を扱えるものから妖精王が選ぶわ」
お母様がそう言いながら私をちらりと見る。そうなのだ、私は妖精王から白の乙女と言われてはいない。
「でも、言われた記憶はないわ」
「妖精王は何人かいるのよ、トリア。たぶん貴女を白の乙女と認めたのは、闇の妖精王ではないかしら。誰かがそう認めると、全ての妖精や精霊の間でそれが共有されるのよ」
お母様がそう言うと、徐に空に魔法陣を描き出す。これは光の系譜の妖精か精霊を召喚する陣だ。魔法陣が光って、そこに可愛らしい精霊が現れる。
「こんばんは、お菓子を上げるから質問良いかしら」
お母様が精霊にそう言うと、精霊は嬉しそうに頷く。お母様がテーブルの上からクッキーを取って差し出し、精霊は満面の笑みでそれを頬張る。
「この子は私の娘よ。この子は白の乙女かしら?」
お母さんは精霊に単刀直入にそう聞くと、精霊はキョトンとした顔で私を見つめてにっこり笑って大きく頷いて消えた。
確定っすね…。平穏無事な人生ってどこにあるんだろう…。
私、大人しく過ごしたい。
「ということで、我が娘は白の乙女確定ね。ああ、面倒なことになるわね」
お母様は不気味な笑みでそこまで言うと、グラスを上品にかつ勢いよく煽る。横でお父様も「信じたくなかった…」なんてブツブツ呟いている。なんだよ、私が白の乙女じゃ不満かね。
「白の乙女って、何かまずいの?」
私の疑問を代弁するかのように、お兄様が両親へと問いかけてくれる。
「まずいわけではないわ。でも白の乙女が認められたっていうことは、何か争いが起きるっていう事よ。そして旗印に白の乙女が掲げられる」
お母様がそこまで言うと、唇を噛み締めて黙ってしまった。
つまり要約すると、白の乙女が妖精王に定められるということは諍いが起きる前兆である。そして今回考えられるのは闇の台頭、つまり魔が攻めてくるということだそうだ。そして人間はこの戦いに巻き込まれていくし、エルフや妖精、精霊も主軸となって戦いに参加することになる。そして旗印が私、ベルトリアこと白の乙女。
ああ、この展開。
アドベンチャーモードに一直線だわ。ヒロイン恋愛モード選ばなかったのね、この野郎。恋愛的破滅ルートじゃなく、物理的に危険なルートに片足入れるとか嫌なんですけど!!!