休暇の始まり
夏季休暇の入る頃にはすっかり体調は元に戻っていて、寝込んでいた時期のテストも行うことが出来た。結果が発表されるのは休暇の終わった後、教室棟の廊下に貼りだされるようだ。
タウンハウスへ戻る為に、荷物をアニーが手早く纏めている。私はそれを尻目に、課題として渡された教材を見て溜息をつく。休暇中にレポートを書くよう指示されているのだ。しかも内容は、各々に任せるなんてどうなっているのよ。
「テーマが決まってないとか、考えるのも大変じゃない…」
私はそう呟くと、必要となるであろう教科書や本をトランクに詰めていった。
ロイスとアリア、そしてアルと一緒に寮から出て馬車の乗り場へと歩く。それぞれ大きな荷物は家の者が来て、運んでくれているから手荷物は少なく済んでいる。
「それじゃあ、トリアは領地へ帰るの?」
アリアが微笑みながらそう聞いて来るので、頷いて肯定する。実は領地にはほとんど帰ったことがなく、お父様が頻繁に行き来しているくらいだ。サンティス家の領はファウスト家の領と近く、領地の中に妖精や精霊の集まる場所がある。精霊の樹とはまた違う、大切な場所なのだそうで。
「課題のレポートも妖精所縁の地についてまとめようかしら」
「それがいいかもしれないね」
私の小さな呟きにロイスがクスクスと笑いながらそう言った。彼らも皆、レポートに悩んでいるのだ。
話ながら歩くと馬車にはすぐついて、御者も私達を見てすぐに扉を開けてくれた。待っている人も多いのだから早く乗らなくてはいけない。
「それじゃあ、またな」
アルが片手をひらりと降って、先に馬車に駆け乗っていく。
「それじゃあ、手紙を書くよ」
「楽しみにしてるわ!」
「あの事も書いて送るわね」
ロイスとアリアも手を振りつつ、馬車へと乗っていく。私もすぐに馬車に乗ろうとして、御者の手を借りようとする。その時馬車の中から手が伸びてきて、私を抱えて乗せてしまう。
「お兄様!」
「やあトリア、帰ろうか」
私を馬車に引き込んだのは、どうやらお兄様のようだ。ニヤニヤとした笑顔に、私は思わず頬を膨らませた。そんな私の頬を楽しそうにつつくお兄様は、あれからいつにもまして過保護になっているのだ。
ガタガタと揺れる馬車の中で、お兄様の膝から降ろされる事無く過ごす。家に着くまでの一時間ちょっとの道筋は、鬱陶しいお兄様との戦いの時間となった。
「おかえり、二人とも!」
家に着くとお父様の熱烈な抱擁が待ち受けていた。私達を二人揃って抱きしめる腕は、非常に力強い。
「あらあら、二人が息が出来ませんわ」
お母様の冷ややかな声でお父様がようやく離れてくれる。そして今度はお母様にそっと抱きしめられた。
「一時行方不明になったと聞いたわ、心配したのよ」
お母様の心配そうな視線に、自分の視線を合わせてにっこりと微笑む。
「その日の内に皆のお陰で戻ってこれたの!大丈夫よ」
私のその言葉に、両親の顔が痛ましいものを見るかのように歪む。どうやら強がっているように思われたみたいだ。そんなことないのにな。
「その事について、話し合いたいんだ。夕食後にでも集まれないかな」
お兄様が真剣な顔でお父様に打診している。お父様は頷くと、私を抱え上げて家に入る。
「とりあえずは荷物を片付けてきなさい。直に夕食だから、その後に話そう」
この家族はとりあえず、話し合いが非常に多いと思うの。
主に私のせいで、ということは今は気にしない。皆に大切にされているのが分かって、とても嬉しいのだけれども、お母様の視線がトラブルメーカーを見るようなものに変わってきたのが辛い。
荷物は手早くアニーが片付けてくれて、部屋着に着替えさせてくれる。
「あら、お嬢様大きくなられたんですね。サイズが少し小さいようです」
アニーのそのセリフで、自分の身長が伸びた事に気が付いた。そらそうだ、伸び盛りだもの。家に置いていた服は成長を見越して大きく作らせていた。アニーは今着ようとしていたものを手早く脱がせ、ゆったりとした腰のあたりを紐で軽く縛るサイズを気にしないで良いものにワンピースを出してくる。
「少し大人っぽくなりますが、お似合いになると思いますわ」
「ありがとう」
少しくすんだ朱色のワンピースは、裾の部分に細かい刺繍が施されていてとても綺麗だ。私は喜んで袖を通して、階下の食堂へと向かった。
既に家族は集まっていて、私が最後だったようだ。すぐに夕食が運ばれてきて、久しぶりの家族のだんらんを過ごした。度々帰ってきてはいたけど、食事までゆっくりはできなかったからなんだか嬉しい。
和気藹々とした雰囲気で食事を楽しみ、デザートまでペロリと平らげてしまった。どうやら食欲も増したみたいで、成長期の自分が恐ろしくなる。それになによりこのワンピース。絞りが緩いせいで、いつもよりたくさん食べれてしまうのだ。
『太らないように気を付けよう』
自分の中から、少し危機感を含んだ声が聞こえる。私もそれに同意だ。
「おかわりするかい?」
「僕のデザートを食べてもいいんだよ」
お父様とお兄様が輝かんばかりの瞳で、私の事を見つめている。
気分は餌付けされている動物だ。すっかり空っぽのお皿たちと、おかわりを執拗に勧めるお兄様とお父様に溜息をついた。