気持ち
前半ベルトリア、後半ロイスです
目を開けると見慣れない天井と、寝慣れないけれど優しい懐かしい布団の匂いがした。ゆっくりと目を開けると、すぐ脇に眠っているお兄様の顔があった。私は驚きながらも、お兄様に抱き留められたのを思い出した。
「ああ、帰ってこれた」
私がそう呟くと弾かれたようにお兄様が起き上がった。
「うわっ!!」
「ベルトリア!!」
私が驚きの声を上げるのとお兄様が声を上げるのと同時だった。その瞬間苦しいまでの圧迫に包まれ、抱きしめられたのだ分かった。
「ああ、よかった…」
お兄様の喉から絞り出したような声に、私は離してと言いかけた言葉を飲み込んだ。どれだけの心配をこの人に掛けたのだろう。その背中にそっと手を回すと、お兄様の温もりを自分の身体で感じた。
「ただいま、お兄様」
「お帰り、ベルトリア」
たったそれだけのやり取りに、私は心底安心したのか再び重くなった瞼に従って、そのまま目を閉じた。
また目が覚めた時には、あれから二日は過ぎていた。起き出した私を、呼びだされたアニーが力強く抱きしめてきた。どうやら私は一度目覚めた後、熱を出し寝込んでいたらしい。でもこれはお兄様曰く魔力の成長の為に必要な過程らしい。
「元気そうでよかったわ」
私を見舞いに来てくれたアリアがそう呟いた。私はお兄様の部屋から今日、自室へと戻ってきていた。体調もほぼ回復し、先生たち曰く、テストは改めて受けさせてくれるというから安心である。
「私を探すの手伝ってくれたみたいで、ありがとう」
私はアリアにそう言うと、はグッと歯を食いしばって悔しそうな顔をする。どうしてそんな顔をするのか私は首を傾げてアリアをじっと見つめた。私は彼女達双子が人に言えない秘密を持っている事を、実は前世の記憶で知っていたりする。でもどんな秘密かは知らない。そしてそれを使って、私を助けてくれたであろうことも触れない。
それに私は二人が話してくれるのを待ちたい。そう思って話題を変えようと窓の外を見た。
外には木の葉が朝露に煌めき、雫が光を受けて眩く反射している。
「あのね、トリア。私達の事聞いてほしい」
アリアがそう言うと真剣な顔をして私を見つめる。
え、今話すの!?心の準備できてないけど、ちょっといいですか!
私が思わず彼女を凝視すると、アリアは仕方なさそうに笑った。え、何その意味深な笑顔。やめて、私何も知らないわ。
「もう気が付いてると思うけど、私とロイスは闇の属性も持ってるの」
あああああ、知りませんでした!!でも知ってると思って話してるのよこの子!私は冷静を装って、さも知ってましたというように彼女を見つめた。
「私達が持ってる闇の属性は、魔力とは違って二人で一人分。二人が揃ってないと十分な力は出ない。でも闇の力は人の心を見透かすことにも優れているし、上手く使って私達は生きてきたわ」
なにその能力。二人は双子として不遇な境遇だった。それは確かだ。愛してくれたのは両親のような近い家族で、忌まわしく思う親族もいただろう。彼らはそれを上手く利用して生きてきたのだ。
「でも、ベルトリアに初めて会った時に驚いたわ。心の言葉と口から出た言葉が変わらない人なんて、貴族社会になかなか居ないもの」
アリアはそう言うと、思い出したかのように笑った。いやあ、あの時は自分の未来の為に友達になりたい一心だった。しめしめ上手くいったぞと笑っていたのも、きっと彼女たちにはお見通しなのだろう。恥ずかしすぎる。
「だから、貴女がさらわれた時に闇の揺らめきを感じて、その一端を手にした。そして貴女が戻ってこれるように細工をさせてもらったわ」
アリアは何てことない事の様にそう言って笑った。
「つまり、私が戻ってこれるようにしてくれたのは貴方達って事ね」
私がそう言うと、顔を真っ赤にしたアリアがそっぽを向いた。照れているのか、どう対応していいのか分からないという表情だった。
「ありがとう、私の為に秘密を破ってまで力を貸してくれて」
私はアリアの手を握って、彼女の瞳を覗き込んだ。アリアは私の目をそっと見つめると、泣き出しそうな顔になった。
「貴女がいない生活なんて、今更想像できないわ。それに貴女の方が先に秘密を教えてくれたわ、それでおあいこよ」
アリアの泣き笑いのような顔を見て、私は緩み切った頬を抑えることが出来ず笑うのだった。
◇◇◇◇
アリアたちの会話を扉の外から盗み聞いていたのは、僕とアルベルトだった。
「…なんでお前は自分で俺に言わない」
アルは不機嫌を隠さず、睨みつけるように親友だと思っていた男を睨みつける。
「それは一族の秘密だからだ。でも君たちの秘密を知っているのにフェアじゃないから、こうして聞かせているんだ」
僕は悪びれもせずそう言うと、スッと立ち上がってアルの手を引いて男子寮に戻った。
僕の部屋では待ち構えていたように、侍従が扉を開き彼らを部屋へと招き入れた。
「なんだよ、ロイス」
アルが混乱が隠せない顔で、俺の顔を睨みつける。僕はそれを受け入れ、そっとソファへと彼を誘導した。アルは勢いよく座ると睨みつけるように僕を見る。その視線に友情を感じるあたり、僕も彼らの一員になっているという事だろう。
「僕らの一族では火の属性を引き継ぐけど、闇の属性もわずかに引き継ぐんだ。そしてそれは双子として産まれた者に息衝く。だから僕とアリアは一心同体で、時たま魔力も共有している」
踏ん反り返る友人にそう言うと、彼は訝しげに僕を睨む。彼の視線に応えるように僕は言葉を続ける。
「つまり、僕達キャンベルの双子はベルトリアの、“白の乙女”の味方だということだ」
「しろのおとめ…」
アルは目頭を更に寄せ、皺を深いものにする。僕は苦笑しながら頷く。
「白の乙女は妖精もしくは精霊、エルフ、そして人間の血を引く者からたまに現れる光属性を強く持つ人間のことを言うんだ」
僕がそう言うと、どこか納得した顔でアルは頷く。
「確かにあいつが特別だっていうのは分かる」
「それは恋してるから?」
「っく!?違う!妖精としてそう思うだけだ!」
僕が揶揄うとアルは顔を真っ赤にして、食って掛かってくるからかわいく思えてしまう。悪戯な心が抑えられず、僕は彼にニヤリと笑ってこう言った。
「じゃあ、僕は狙うね」
「ダメだ!!」
アルの勢いのいい返事に僕は笑ったけど、どこか物足りなさを感じる。
ああ、いつか。…どうしたいのだろうか。