妖精と悪戯と魔と
お兄様に解毒の魔法の一環で、一度だけ教えてもらった魔法。
私の掌から優しい光が目の前の闇に吸い込まれていく。吸い込まれた先から空間にヒビが入るように、ゆっくりと空間が崩れていく。
恐怖を隠すように、まだ掌から魔法を放ち続ける。段々と目の前の光景がガラスの様に割れていく。ガシャンと大きな音を立てて空間が崩れ、私は見慣れない庭園に居ることに気付いた。薄暗い空に覆われたその庭に、私を引きずり込んだと思われる妖精が慌てた様子で飛び回っていた。
「なんで!なんでだ!」
妖精はそう喚きながら私の事を睨みつけている。その妖精は羽から黒い鱗粉を撒き散らしながら、私に向かってきた。
「どうして出てこれた!」
妖精の羽の後ろから再び闇が迫って来たので、私はまた魔法を行使する。無言で無表情に見返しながら言葉は出さない。
「光魔法…。恐ろしい」
妖精はニヤリと笑いながら私にそう呟いた。彼はどこも恐ろしいとは思っていない様子で、どこか楽し気に鼻歌まで歌い始めた。
「とうとう動き出すのか、ようやく!」
彼は私の存在なんて忘れたように、嬉しそうに羽ばたいて黒い鱗粉を空に散らす。するとその場にたくさんの妖精が現れ、そのどれもが嬉しそうに羽を震わせ始めた。
「お前のお陰で、動き出すんだ。なあ、白の乙女様よ」
私を連れ去った妖精がニヤリと悪戯な笑顔を浮かべ、私をそうと呼んだ。その呼び方に違和感を覚えて首を傾げる。
―――白の乙女ってアドベンチャーモードを突き詰めた先に出会える存在の事?
確か白の乙女は、このゲームの中で恋愛要素を全て除外してアドベンチャーに全振りした時に、エピソード内に軽く出てくる妖精や精霊、エルフに守られている人物の事だ。確か魔族との戦いにキーパーソンとして出てくる設定なはず。
え、私が、今、白の乙女って呼ばれたの?
◇◇◇◇
昔々、悪戯が大好きな妖精がいました。
彼は皆を驚かせるのが好きで、優しい悪戯も、怖い悪戯もたくさんしていました。
周りの皆は、それを楽しい事だと受け入れ、幸せに仲良く暮らしていました。
ある日の事、葉っぱをまき散らしてエルフを驚かせた妖精は、何だか物足りなさを感じました。
もっと驚かせたい、もっと楽しみたい。
彼はそう思ったら気持ちが止められず、段々悪戯は過激なものになっていきました。
そしてある日、とうとう彼は仲間を怪我させてしまいました。
皆が彼を注意する中、彼にあるのは悪戯が成功した達成感だけでした。
誰の意見も聞かず、もっともっと酷くなる彼の悪戯。仲間たちはとうとうみんなで彼を怒りました。
しかし彼は驚いた顔で、
「それは僕を驚かせようとしてるの?」
と、だけ言って笑いました。物足りないなと笑いました。
彼は段々右の羽から光を失い、黒い粉を散らしてしまうようになりました。
彼はそれにも気が付かず、痛めつけることに特化した悪戯を行うようになりました。
とうとう彼は仲間から追い出され、森から出ていくことになりました。
それでも彼は笑います。だって皆が仕掛けた悪戯が楽しかったから。
次はもっと楽しい悪戯で仕返しするね。
~妖精のお話~
◇◇◇◇
私は頭の中に、小さい頃読んだ絵本の内容が浮かんだ。
あれは絵本の物語じゃなく、訓戒であり実話なのだろう。目の前の黒い鱗粉を撒く妖精を見て、そう確信できた。
彼らは妖精達から爪弾きにされた、悪戯の程度が分からなくなった妖精達なのだ。そしてそうなると、彼らは魔へと堕ちてしまうのだということに気が付いた。だから彼らは酷く独善的で、楽し気なのだろう。
「白の乙女、今は楽しいから返してやるよ」
妖精はそう言うとグルグルと集まって回り出し、ブラックホールのような空間を作り出す。そして誰かが私の背を思いっきり押して、その中に放り込まれた。
「どこに返すかなんて、誰も言ってないけどね」
耳に残ったのは彼らの悪戯な笑い声と、嫌味なほど頭に響く自分の叫び声だった。
目を開けると、目の前には森が広がるだけだった。この森はどこだろうか…。
私は妖精を呼びだす魔法を使おうとして、自分の中の魔力がかなり減っていることに気が付いた。
「あの場所に呼ぶのも、外に出すのも、光魔法を使ったのも全部私の魔力だったのね」
私は途方に暮れながら空を見上げた。鬱蒼と茂る木々の間から、少し光が見えたがもう夕暮れが近いのか反対側からは夜闇が迫っているのが分かった。
「ここはどこだろう」
私はそう呟くと周りの魔力を探る。僅かながら精霊の樹に近い魔力を感じるのと、精眼を使えば妖精や精霊の痕跡を追えることに気が付いた。魔力の残滓が見えるなら、たくさん感じる方向に人がいるに違いないと踏んで、私はゆっくりと足を進めた。
どれだけ歩いたか分からないけど、空はすっかり暗くなり星が瞬いてる。
いつの間にか星が見える程に開けた場所に出てきたみたいだ。改めて周囲を見回すと、そこは学校の中であることは間違いなかった。知った場所に出てこれたことに安心し、すっかり草臥れた足を奮い立たせようとした。でも感じた安心から、どうも力が入らなくてその場に崩れ落ちそうになった。
精眼の視界の中で見覚えのある柔らかな魔力が、私に向かってきて崩れる体を抱きとめてくれた。
「ベルトリア!!」
不安と心配と、驚きと全てを含ませたような切ない叫び声が私の耳に届く。
「何とか帰ってこれたわ、お兄様…」
私を痛い程に抱きしめたお兄様は、頬に慰めるように口付けして微笑んだ。
「ああ、お帰り…。愛しい妹よ」
お兄様のその声を聞き、とうとう私の緊張の糸は切れてしまったようでそのまま眠りについた。