エルフの里
エルフの里は緑に囲まれて、というよりは緑そのものだった。里の中心にあるのは噂の世界樹だと思う。見上げても天辺が見えないほどの巨木だ。家にある精霊の樹がまだ若木なのがよく分かる。
里の中心というか世界樹の枝にツリーハウスのように、蔓で作られた籠のような住居があり、エルフの人達はそこに住んでいるようだ。勿論、その周りにも小屋のような家を作っている人もいるし、周囲の木に似たような家を作っている人もいた。
「うわあ…」
私が思わず感嘆の声を上げるとクスクスと後ろからお母様の笑い声がした。振り向くと私の事を愛おしそうに見つめる視線と、優しく視線が合った。
「お母様!この場所ってとても神秘的で綺麗で、可愛いわ!」
私が興奮のままに力強く言うと、今度はマーテリスさんが嬉しそうに笑った。
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
彼はそう言うと、私達に似た白銀の髪を風に靡かせる。そうして私に手招きをする。呼ばれるままに近付くと、彼は頭上の一つの家を指差す。
「俺の家だよ。今日は俺の息子に会ってみてほしいんだ」
「息子さんに?」
「ああ。俺の奥さんは緑の精霊でね、この土地では精霊と混ざったエルフは特別視されやすくて少し浮いているんだ。どうか仲良くしてくれないかい?」
私は彼の話に少し親近感を抱いて、ゆっくりと首を縦に振った。その返事にマーテリスは顔を輝かせて、嬉しそうに笑ってくれた。
「シリウス!おいで!」
彼は家に向かって声を掛けると、小窓からひょこっと小さな顔が覗く。そして一旦引っ込むと家の陰から私と同じ年頃の少年が姿を現して、こちらまで下りてくる。
「紹介するよ、ベルトリア、マルガレット。これは俺の息子のシリウスだ。さあ、挨拶を」
父親に背を押されて、シリウスは目を白黒させながら私達を見る。当然だ、降りてこいと言われていきなり紹介されるのじゃ、驚いてしまうに決まってる。
「は、初めまして。シリウスです」
彼は白銀に毛先が少し青にグラデーションする不思議な髪色をしていて、緑色の瞳が私を不安そうに見つめている。彼も流石エルフと精霊の子というべきか、恐ろしいくらいに美しい顔をしている。
「初めまして。私はベルトリアです」
私がスカートの裾を小さく摘まんで挨拶すると、彼は頬を少し染めて小さく笑った。
この地での目的は彼と会う事だったらしく、お母様達には遊んで来いと放り出されてしまった。若干人見知りの気配のあるシリウスは、照れながらも私に里を案内してくれた。
「ここが世界樹の登り口で、この木には里の長老やハイエルフが住んでいるんだ。僕もいつかこの木に住むように言われてるけど、どうするか迷っているんだ」
「そうなんだね、どちらにしても凄く素敵なお家だと思う!とても綺麗で、神秘的よ」
「ありがとう」
私達は言葉少なくても会話を楽しみ、段々と打ち解けていった。彼もどうやら私と同じ七歳で、神聖視されている精霊の血を引くからなかなか皆が近寄ってこれないらしい。
「シリウスのお母様は精霊なのよね?」
「ああ、そうだよ。お母様は緑の精霊王で、叔父上が緑の妖精王らしいんだ。威厳はあまり感じないけど」
「え、…精霊王と妖精王って兄妹になれるの?」
「元はこの世界樹から産まれた存在だからさ。親は世界樹で、同じ緑の性質を持って生まれたから兄妹って名乗っているみたい」
「そうなんだね、妖精と精霊って別物だと思っていたから驚いたわ」
精霊と妖精、元をたどれば親は同じ。只産まれ持った性質が違うだけで皆な兄弟。そう考えると何だかしっくりきた。何故なら名前は違うけど、出来る事や役割に似たものがあったから別物と捉えるのが時々違和感があったから。
謎が解けた気分になって少し顔が緩む。そんな私の顔を見て、シリウスの頬がまた赤く染まった。
「どうしたの?」
「いや、ベルトリアはとても綺麗だなって思って」
「まあ、ありがとう。嬉しい!」
私は彼の素直な反応が嬉しく、思わず満面の笑みで彼の手を握ってしまった。彼はさらに顔を赤く染めると、慌てふためいて視線を左右に動かす。そんな姿が何だか可愛くて、微笑ましく見てしまう。
「おーい、そろそろ帰るってよ」
少し離れたところからマーテリスの呼ぶ声がする。私達は何となくそのまま手を繋いで、親の元へと駆け足で戻った。
突撃弾丸エルフの里訪問が無事終わり、私達はサンティス家へと無事到着してお兄様の熱烈なハグに見舞われている。
「ああトリア!どこに行ってたの!エルフの里なんてお兄様もここ十年行ってない!行きたかった!」
久しぶりのお兄様の荒ぶりに少し引きながらも、私は笑顔でただいまと告げる。お父様もその横でワキワキと手を動かして、私を抱きしめる順番を待っているようだ。そちらにも手を伸ばそうとするが、お兄様が私を離してくれない。苦笑いをされつつも、お兄様に抱かれて家族の談話室へと向かった。
何の問題もなく、話し合いの無い家族団欒は本当に久しぶりで楽しかった。今日の話をしながらも、私は疲れが出てきたのかそのまま眠りについてしまった。