それぞれの秘密
少し短めですが楽しんでいただけると嬉しいです!
日々はあっという間に過ぎていく。すっかり夏真っ盛りになり暑さに茹だりながら、今はグラウンドで魔法の練習に明け暮れている。今は物体操作の精密さを練習しているから、私達は自分の本や鞄、傍にあった石などを魔法で持ち上げて運んだりしている。談笑していてもそれを維持できるように、という指示だからお喋りは禁止されていない。
お兄様は魔法がぐらついたりしている生徒を叱責しつつ、グラウンドを巡っている。私達のグループは元より魔法が得意な人物の集まりだからか、それぞれがコントロールを上手くしている。ちなみに一番上手なのは以外にもマークだ。彼は普段から家の手伝いで魔法を使っていたらしく、普段から使い慣れていない私達と比べ物にならないくらいコントロールが上手かった。
「マークは本当にすごいや」
ロイスが無邪気に笑いながら彼を誉める。マークは照れ臭そうに笑いつつ、謙遜の姿勢を見せた。
「そんなことないよ、僕ら平民は無属性魔法しか使えないから自然と極めるんだよ」
「確かに生活に密接に関わっているもんな」
「ああ、そうなんだ」
すっかり敬語の抜けた彼はアルとロイスと楽しそうに会話をする。私はそれを眺めつつ、ゆっくりと周囲を見渡した。和気藹々と授業が進む中で、時間だけがむやみに過ぎるのを感じる。
あの後お父様から猶予をもらった。その期間は私が十歳になるまで。そして殿下も同じ期間の私を口説く猶予をもらっている。そして私は秋生まれ。八歳になるまであと一ヶ月ちょっととなった。ちなみに十歳の誕生日に盛大な誕生日のパーティーを開いて、その場で婚約者を発表するらしい。
「トリア、何か悩んでいるの?」
アリアが私の顔を覗き込んできた。私は彼女の瞳をじっと見つめる。実は私の婚約者候補になったことを、今は彼らには知らせていない。私がこの関係の変化を拒んだからだ。でも私の心が決まらないのであれば、夏季休暇のうちにそれぞれの家から通達されることになっている。
「何でもないわ。ごめんね」
「いいのよ、お家の事でしょ?話せないのも仕方がないわ」
「本当は話してしまいたいのだけど、そうもいかないの」
今はまだ話せない。まだ友人として終わりたくはないからだ。アリアは苦笑しつつも私の頭をそっと撫でてくれた。
「アリア?」
顔を上げて彼女の目を見ると、少し寂しそうな顔をしたアリアが私を見ていた。
「力になれなくてごめんね」
そう言った彼女の言葉に胸が詰まる。今回の事は私の我儘と、ハリス王子の我儘が招いた結果だ。彼らは関係なかったのに私によって巻き込まれ、今後さらに巻き込まれる。私はグッと歯を食いしばると、アリアの手を引いて男の子たちから少し距離を取る。
「トリア?」
私を呼ぶ彼女の優し気なグレーの瞳に私が映る。ひどく不安そうな顔をしていた。
「アリア、内容は言えないけど雰囲気だけ伝えるわ。これから更に貴方達を私の事情に巻き込んでしまう。どうかわたしを嫌いにならないで…」
意を決して言った私に、きょとんとした顔でアリアは首を傾げる。そして小さく笑うとそっと私を抱きしめて、優しく声を掛けてくれた。
「何言ってるの、親友でしょう。気にしなくてもいいのよ」
「でも、貴方達の未来を私の一存で決めてしまうかもしれないわ」
「それだとしても選択肢はくれるのでしょう?それなら大丈夫だわ」
「だとしても…」
「だとしてもよ。その選択肢は私達に損にはならないはず」
アリアが力強くそう言って、もう一度私の頭を撫でてくれた。彼女のその優しさが何だかくすぐったい。
思わずフフッと笑う私の耳元でアリアが囁く。
「それに私、貴女と義理でも姉妹になれるなら本望だわ」
その週末に私はお母様に呼ばれ、ファウスト家の領地へと来ていた。ファウスト家の邸宅には門と呼ばれるものがあり、そこを潜ると領地にあるエルフの地へと赴くことが出来るのだ。
エルフの里はサンティス家の領地にあるサーティ山脈の中にあり、精霊や妖精の住む地をエルフが守護しているのだ。私はお母様と一緒に門をくぐり、かの地へと赴いた。
「やあ、マルガレット。久しぶりだね」
「久しぶりね、二十年ぶりかしら?」
門をくぐったところでお母様が誰かと会話を始めた。ひょこっとスカートの陰から奥を覗くと、耳のとがった美しい青年がいた。私が思わずその姿を観察していると、彼と目が合う。
「やあ、君はマルガレットにそっくりだ。娘さんかな」
「ええ、可愛いでしょう。娘のベルトリアよ」
「は、初めまして。ベルトリアと申します」
「どうも、礼儀正しいお嬢様。俺はエルフのマーテリスといってマルガレットの幼馴染さ」
お母様も幼馴染と名乗った彼は、優しく微笑みを浮かべる。その顔も自分の鏡で嫌という程見たように、表情の変化が小さいようだ。どうやらエルフに見られる特徴のようだった。
「今日はどうしたんだい?」
「この子の事で、この地へ来たのよ。この子は妖精とエルフの血が、息子よりもずっと濃いの。人間の血が薄くてエルフと妖精のハーフと言っても過言ではないレベルよ。だから早めにこちらに馴染ませたくて」
お母様とマーテリスはにこやかに会話を進める。その内容に私は耳を澄ます。どうやら私はエルフも妖精もどちらの血も濃いらしい。ふんふんと聞き流しかけて、驚いて顔を上げる。お母様の悪戯な瞳がこちらを向いて、その時初めて意図的に黙っていたのだと気が付く。
初めて知りましたが!!聞いていませんが!!