噂の彼女 2
茹だるような熱い風が私の頬を撫でていく。どうも、私です。今日も今日とて魔法理論応用の授業を受けています。今日はそれぞれの家系魔法を使うようで、今私の目の前でキャンベルの双子が火柱を起こしています。グラウンドを抜ける風が火を通り抜け、熱風として私の元に辿り着く。
非常に熱いんだが。
キャンベル侯爵の家系は火の魔法を得意としていて、奥方の家系が闇属性に強いらしく二人はその魔法を受け継いでいる。何てことない顔で火を動物のように動かしたり、弾けさせている私の親友が空恐ろしい。
そのすぐ横でアルが嬉しそうに水の魔法を展開し、それを風で煽っている。今更ながら彼は群青色のような、深い青色の髪を持ち、透き通った薄い緑の瞳をしている。その髪色に違わず水の魔法を受け継ぎ、瞳の色は妖精から影響を受けた色のようで風の魔法も得意としている。
ウィルと一緒で風を司る妖精を身に宿した彼は、風のように早く駆け自由に動き回ることも出来る。彼はそんな風を曲を指揮するように、指先一つで軽く操っている。
その横で私は全属性魔法を効率よく、展開することにした。火を小さく起こしその横で水球を作り上げ、土を湿らせ、植物を育む。火で蒸発させた水から視線の高さで雲を作り出し、雷を発生させて、雹を降らせる。ひとまずこれを同時に行使してコントロールするのが魔力調整の練習で、これが私のウィルとお兄様に課された最近のトレーニングなのだ。
クラスの視線が私に向くのが分かる。そもそも自分の持つ属性以外は使う事ができないのだ。少なくともお兄様と私は全属性への適性を持つのだから、これらを使っても不思議ではない。でも得手不得手があるように、お兄様も苦手な属性はある。私はそこまで苦手意識がないけど、代わりに得意な魔法もないのだから困りものだ。
今日の授業ではそれぞれの家系が受け継ぐ魔法を、各々が制御する訓練をして、次代の私達で理解し合い支え合おうという意味合いを持つらしい。正確にはきっと、それぞれの家系の魔法を知れというものだろう。血筋をどう繋ぐのか、今の内から見定めよという裏があるのだろう。
という事で、皆の視線を独り占めしている私、ベルトリアでございます。こうやって色々な家から縁を繋ぎたがる申し出が来るのだろうが、その為のハリス王子の婚約者候補という隠れ蓑である。これを逆手に私は婚約のお誘いを断ることが出来ている。そもそもお父様もお母様も私が婚約することに対して、何も言ってこないという事は理由があるのだろう。きっと私が心に決めた人なら、それで受け入れてくれる気もするけどそれは有り得ない。だって私は遥かに長生きだから。
人間の伴侶を迎えるのは、きっと空しい時間だろうなあ。
「そこまで」
お兄様の掛け声で皆一斉に魔法を消す。様々な魔法の残り香が空に漂い、自分の目が一瞬それを追い掛けていたことで精眼を開きかけたことに気付く。私は慌てて集中して、目から魔力を分散させる。
「今日はみんなそれぞれの家系魔法や得意な魔法の制御の練習とした。家系魔法は属性を持たなければ発動はできないが、身に付けるまでの道筋は秘匿されているものがほとんどだ。似たような属性でも、決して友人に確認したり聞いてはいけないよ。これはこの国における絶対的なマナーで、ルールで、尊厳だ。決して破らないように」
お兄様が底冷えするような視線を生徒たちへ送ると、私達は背筋を伸ばし「はい」と返事をした。そこで授業はお開きとなり、各自自由行動へと移行した。今からは放課後に当たるから、消灯まで好きにしていいことになっているのだ。
私はアルだけを呼んで、ロイスとアリアとマークには先に寮に戻るように促した。彼らは不思議そうな顔をしたけど、そのまま先に部屋へと戻っていってくれた。
「どうした?」
アルが廊下を渡りつつ私に声を掛ける。私はそれには答えずに、日が傾きつつある空へと目をやる。そんな私の様子で、今は言うつもりがないことを察してくれたアルと共にお兄様の研究室へと向かった。
研究室にはまだお兄様が戻っておらず、私は勝手知ったるままにお茶を用意する。寮で生活を始めて、アニーに教えてもらったのだ。まだ上手とは言えないけど、飲めないものではないと自負している。
「お、意外と旨い」
「以外は余計よ」
軽口を叩きながら、私は目の前の少年を目で追う。乱暴者だけど、意外と頭の良くて気が利くのがアルベルトだ。当初私は今後、ハリス王子を隠れ蓑に動こうと思っていた。でもハリス王子が私を狙っているのが、冗談な様子ではない事からその道筋は諦めざるを得ないのが現実だ。それよりなにより、他の攻略対象からも最近お茶会のお誘いが届いたりやたら顔を合わせる機会が増えているのだ。これは何だかシナリオが変わり過ぎている気がする。
私が考え込んでいると、額をぺしっとアルが小突いて来る。
「それでどうしたんだ、“妖精の花姫”様?」
顔を上げるとアルが意地悪な視線をこちらに向けている。それにしても妖精の花姫なんて、そんな大層な呼び名で何故私を呼ぶのだ。
「え、お前、知らないの?自分が何て呼ばれているのか」
「え、何じゃあ、今の妖精の花姫って私の事なの?」
「それ以外に何があるってんだよ」
「花姫なんて、可愛いキャラじゃないわ。茨姫でもいいくらいよ」
「姫は外さないんだな」
私はフンと鼻を鳴らすと、自分の紅茶を嗜む。実はこの妖精の茨姫なら、ゲームでの私の呼び名だったりする。実は気に入っていた。でも花姫なんてキャラじゃないわ、鳥肌が立つ!
「そんなことはどうでもいいのよ。それよりも今、私の状況はまずい方向に走り出してる」
私が小さくそう零すと、真剣な顔になったアルが腕を組んでこちらを見る。
「それは前言っていたこの世界の記憶の話だな?」
「ええ、そうよ」
「確かにお前が言っていたように、リズベットっていう変な女が出てきたのは驚いた。俺の周りにも、突然現れるし気味悪いわ」
「ええ、それだけじゃないの。ナーガの高位貴族の男子生徒は彼女に好印象を抱いているはずなのに、彼女の周りにいるのはクラスのリーダーの殿下だけ。あとは何していると思う?」
私のその問いにアルは、目をそっと反らす。私は彼のその行動で把握している事を察する。私は勢いよく額をテーブルに打ち付ける。その音にアルが驚いて私に視線を戻す。
「ええ、その通り私の周囲にちらほら出てきたわ。お願い助けて嫌なの目立ちたくない」
私の泣き言に彼は慌てながらも、ハンカチを手近な水道で湿らせ私の額に当ててくる。どうやら赤くなってしまったみたいだ。
「助けてって言われても、あいつらは殿下の友人たちになるし、権威ある家の出だから安易に止められねえよ。それに殿下の婚約者候補筆頭なんて、噂されているお前に近付くのは当たり前だしな」
私は彼の言葉を聞いて、深く暗い溜息を口から吐き出す。そう今私は勝手に婚約者筆頭という噂を流されている。この噂の出どころはナーガのクラスではあるものの、殿下たちの仕業ではないらしい。しかしこれをうまく使って来ようとしてるのが殿下だ。非常に面倒くさい。
「どうやったら、それを止めれるのかな」
「うーん、新しい噂を巻くってのしか思いつかねえよ」
私達は目を見合わせて溜息をついた。私達が妖精の血を引くから、殿下の婚約者になれないのは実は機密事項だったりする。その為この会話にロイス達は入れられない。私達でどうにかするのだ。何度目か分からない溜息をついたころ、扉がゆっくり開いて麗しいお兄様が帰宅された。
しかしその顔は非常に悪戯めいた輝かんばかりの色を湛ていて、嫌な予感が私達の胸を過るのだった。