自分と自分
お兄様が私を呼びだしたと言われていたけど、当のお兄様は豆鉄砲を食らったような顔をして驚いている。視線がウィルに向いているがウィルは微笑みを浮かべたまま表情を動かすことはない。
なるほど、つまりはあそこでお母様とアルが内緒のお話をしているのだろう。空気の読める子ベルトリアは、大人しく騙されたフリをしておこう。
「お兄様、どうかされましたか?」
私の一言にお兄様の表情が微笑みの仮面を被る。
「そうだ、ベルトリア。君は魔法の使い方について学ぶべきだと思うんだ」
お兄様はさも考えてました風を装って言葉を紡ぐ。私もそれに乗ることにする。
「そうですね、私もそう思いますわ」
お兄様はなんだかむっとした顔をして、小さく息を吐く。その様子を見ながら私が首を傾げると、緩やかに苦笑を浮かべる。
「ベルトリア、僕の前で気取った言葉は辞めてくれるかい?」
私はその一言にクスッと笑って、スカートに裾を小さくつまみ礼を取った。
「わかったわ、お兄様」
そんな私達を見て、ウィルは嬉しそうにしている。全くこの人の掌の上で転がされてばかりだ。
「それもそうと、魔法の使い方について学んでほしいのは事実だ。多分二種類の魔力を使っている事が、魔法のコントロール不良の原因じゃないかと僕は考えている」
お兄様のその言葉に私も頷く。実際にそうだ。瞑想を始めて魔力を感じてから、私が魔法を使うときは二つの魔力を練って使っていることが分かった。前に光明の魔法を失敗した時はそのせいで、上手くいった時は小さな光をイメージしていた。どちらにしろ、威力は強めに表れているのだ。
「その事なんですが、私以前の練習で魔力を混ぜてみたの」
「魔力を混ぜる!?」
「ええ、体の中を巡るイメージをしたの。それが交わる場所を作ってみようとしたの」
お兄様は私の言葉に溜息を吐いた。
「どこからそんな発想が出てくるんだ…」
「前世です!」
私は瞑想の練習を始めた時から、今の考えに至るまでの過程をお兄様に話した。毛細血管のように魔力を流してみても上手くいかなかった事、今はその方法を模索中である事。何かヒントになる事をもらえればという、淡い期待の中で問いかけた。
「何か良い案はないかなぁ?」
私の問いにお兄様は考え込み、視線を宙へ泳がせる。そのわざとらしさに苦笑が零れそうになるけど、そのままお兄様を見つめることにした。
お兄様は何やら思いついた様子で、パチンと指を鳴らしてこちらを見る。
「二つの魔力をタンクに込めて、左右で繋ぐていうのはどうかな?」
その事は何度も考えた。けれど私の中で魔力は巡っているのだ。タンクには溜まっていないから、その先で混ぜようがないのだ。
「それはできなかったわ」
「そうか」
お兄様はそう言うと、また考え込む。私も改めてお兄様の案を吟味する。それは考え尽くした発想ではあったが、間違いではないと思う。魔力はタンクのようになっているという人もいるが、私は自分の中で魔力が巡っているように感じるのだ。これではタンクにしようがない。前世で知っている事の中に他に体内に取り込む方法ってなかったかな。
そう言えば二酸化炭素と酸素の交換だと思っているから上手くいかないのかもしれない。あれはあくまで、交換の為に起きる事象なのだ。それなら混ざり合わなくても何ら不思議はない。それならどうしよう…。
前世でスーパードクターとかいうテレビを見ていた時、心臓の手術をする人が人工心臓と呼ばれる機械を繋いでいた。私の魔力の流れの中にも、その仕事をする器官を作っちゃえばいいのでは?青い魔力と赤い魔力を受け入れて血管内で組み合わせる器官を。
私は毛細血管の部分を、もう一つの心臓へとイメージを変えた。実際の心臓とは違いこの場をタンクにして、尚且つ全身に巡らせる起点にしよう。左右でそれぞれ巡る魔力が新しい器官に流れ込み、拍動的に混ざり合う。そしてそれを左右それぞれに巡っている魔力の流れに、再び戻す。
私はイメージを固めて出来そうな予感がした。私はお兄様の手を掴んで、そのまま精霊の樹に向かうと言って走り出した。
「あ、行儀が悪いよ!」
お兄様は焦りながらも、どこか楽し気に私について来る。そしてその後ろをゆっくりと歩く動作で、物凄く早くついて来るウィルがいる。
「今ならできそうな気がする!!」
私の言葉にお兄様は目を輝かせて、嬉しそうに後ろをついてきた。
精霊の樹に辿り着くと、お母様となにやら話し込んでいたアルがいた。ぎょっとした顔でこちらを見ているが、そんな事は無視して大丈夫だ。それよりも実践だ。
敷物の上に滑り込むように座って、私は瞑想をする姿勢を取った。さっき思い浮かべたイメージを体の中に埋め込んでいく。二つの流れを巻き込む第二の心臓を作り、それが全身へ巡るのだ。
深く息を吸うと魔力の流れをより強く感じる。そしてイメージ通りに魔力を流していき、送り出す。すると体の中にあった二つの魔力が、ゆっくりと混ざり合うのが分かった。魔力が体の中で混ざる様は、言い様の無い温もりと力強さを感じた。心臓が拍動する毎に少しずつ混ざっていく。今まで自分の中に感じていた魔力とは違うものが出来上がっているのがわかる。
『もう少しで混ざれそうよ』
「頑張りましょう」
私達は互いに励まし合い、ゆっくりと魔力を流し続けた。
しばらく循環させていると私の魔力が完全に混ざり合い、ゆっくりと全身を巡り始めた。
「ほう、これは凄い…」
お兄様の声が聞こえて後ろを振り向くと、菫色の瞳がキラキラと輝いているお兄様が経っていた。瞳の様子から精眼を使用しているのが分かる。
「お兄様、見てわかる?」
「うん、凄いよベルトリア。二人の魔力が上手い事混ざっているよ」
私は嬉しくなり、拳を握りしめ両手を上に挙げた。
「やっとできたわ!長かった…!」
そんな私の様子にお兄様とウィルとお母様が笑い、アルだけがポカンとした表情を浮かべている。皆の顔を見て私は思わず笑ってしまった。でもこれで何かが始まるように思うのだ。私は自分の中にいるもう一つの存在に声を掛けようとして、ふと違和感に気が付いた。
もう一人の私の名前が思い出せない。
私の名前は、ベルトリア・サンティス。もう一人の私の名前は何だっけ…。心の奥がざわざわと波を立てる。違和感と不快感が胸を襲い、何だか眩暈がしてくる。視界がぐらりと揺れ、ぼんやりとした視界の中で皆の顔が慌てた表情になる。ふと誰かに支えられた。目の前には家族が見えるから、これはきっとアルの腕なのだろう。
私は何かを隔てた向こうから響いて来るような、私を呼ぶ声を聞きながら深い波に飲まれるように意識を手放した。