お母様のお茶会
前半ベルトリア、後半マルガレット視点です
「うーん、うまく出来ない…」
私の横からアルの泣き言が聞こえてくる。自分の中にある存在を感じることに苦戦しているようだ。一緒に練習を始めて、すでに季節が一つ変わり夏になっている。相も変わらず私達は自分の中の存在と向き合うところで躓いている。ウィル曰く、これが一番大切で一番難しい所なのだそう。場合によっては数年掛かる人もいるらしい。
「何かがあるのは分かるけど、それ以上が中々わかんねぇ。…てかトリア、お前もする必要があるのか?」
アルは最近被っていた猫が剥がれてきて、乱雑な口調になってきた。本当に貴族の子息なのか、疑問を持つレベルで下町言葉なのだ。
「私もしたいからいいの!」
私はアルにそう宣言すると、舌を小さくぺろりと出し誤魔化す。何だかアルの顔が赤いのは気にしない事にする。そんな私達の様子を見ながら、にこやかにウィルが笑っている。
「お二方、練習の手が止まっております。アルベルト様は己の中の存在を、お嬢様も魔力を練るイメージを」
「「はい!!」」
彼の鶴の一声に大人しく従い、怒られないように自分の練習に取り組む。家の者には魔力が二種類あるから、それをコントロールする為に一緒に瞑想していると誤魔化すように伝えている。初めての瞑想の後、ウィルにそうお願いしたのだ。アルは練習が上手くいかない時に、不機嫌に私に当たるがそれ以外は仲良くやっている。
そろそろティータイムという頃になって、お母様がお見えになった。
「トリアちゃん、アルベルト様。少し休憩といたしましょう」
お母様にそう声を掛けられては、拒否はできない。決して甘いお菓子につられたわけではないのだ。
「はーい!」
私はそう答えると、走り出してしまいそうな自分の足を戒めながら、やはり駆け足気味にお母様に駆け寄った。お母様は苦笑いしながらも、優しくテーブルに迎えてくれる。今日はマナーについて、とやかく言うつもりはないようだ。遅ればせてアルとウィルがやってきて、テーブルについた。
「夫人、ありがとうございます」
「いいのよ。さあ二人とも根の詰め過ぎは良くないわ、ゆっくりお茶を飲んで」
お母様の一言で、メイドがそれぞれの茶器に香り豊かな紅茶を注ぐ。ふわりと優しい香りが鼻を抜けていく。私の横ではアルが嬉しそうに焼き菓子に手を伸ばしていて、その横顔があどけなく可愛らしいと思ってしまう。
「そういえば、アルベルト様。」
にこやかに会話も弾み、茶菓子も少なくなってきた頃にお母様がアルに声を掛けた。
「なんでしょうか」
「以前貴方が我が家の騎士になりたいと、希望している旨をお伺いしました。その気持ちは今も変わりなく?」
お母様がまるで何てことない様に、重大な話をしてきた。アルもぎょっとした顔をしたがすぐさま真剣な顔に戻り大きく頷く。
「その気持ちに変わりはありません」
「何故我が家の騎士に憧れたのでしょう?」
お母様は意地悪な質問をして、アルを困らせようとしているのか。我が家の騎士の情報なんて、あまり出回ってはいないのに。
「私は妖精付きですので、普通の騎士にはなれません。」
アルは無難な答えでお母様をはぐらかすことにしたようだ。しかしお母様は引っ掛からない。
「妖精付きでも辺境の国の管理地の騎士にはなれますわ。それに、魔法省管理の騎士にも」
お母様の言葉を聞き、アルはぐっと口籠る。そして何故か私と目が合った瞬間に、訝しげな顔をして俯いて溜息をついている。
お母様はその様子を見て満足したようで、手を二度叩いてお茶会の終わりを告げた。
私はウィルに手を引かれ、お兄様が呼んでいると声を掛けられた。お母様とアルに礼をして先に失礼するというと、二人は笑って見送ってくれた。
◇◇◇◇
「さて、アルベルト様。貴方が我が娘のベルトリアを気に入っているのは本当の様ですね」
私はこの場を支配するように、深く笑みを浮かべる。蛇に睨まれたカエルのように目の前でアルベルト様は肩を竦めている。まだまだ、子供なのだ。社交界でそのように感情を表に表現しては公爵家の名が廃りますわよ。
私はベルトリアの母として、サンティス家の夫人として、そしてこの国の監視者として、彼を見極めなくてはなりません。
口元だけに笑みを浮かべ、目尻を下げるだけに留めた笑顔の仮面を被る。彼はそんな私の様子に、気を引き締めて貴族の顔を被ってしまう。ああ、なるほど。これが只の懇親会では無いとお気付きになられたようで安心しました。この場に我が娘はおりません。私と貴方の社交場なのです。
「侯爵夫人、私はまだ子供ですので端的な表現をしていただけると幸いです」
「あらまあ」
何とも子供らしくない言い様で謙遜なさるのですね。全く、可愛げがなくて面白いわ。私は歪む口元を扇子で隠し、彼の瞳をじっと見つめる。一瞬たじろいですぐに気を取り直すのは、やはり男の子ですね。
「貴方は我が家の騎士にと申されましたが、意味は分かっておいででしょうか」
私は意地悪く問う事にしました。彼はきっと賢い。しかし、自己有能感が高すぎる。プライドの塊と化していては、妖精付きというのは生き辛い身体なのでしてよ。
「はい、分かっています」
「それは家を出るという事だけに留まりません。それも分かっているのでしょうか」
私の食い気味の問いに彼は、ぐっと息を飲む。その様子を見てさらに溜息が出る。やはり賢い。分かっていて分かっていないふりをしていたのだ。
「それほどまでに賢くて、何故あのような思い込みをされたのです」
深く溜息をつく私に、アルベルト様は首を横に振る。
「私は愚鈍です。あの状況にならなければ、今のように変わることも出来なかったでしょう。傲慢で無知な子供のままです。しかしあの後学ぶことが多くあったのです、自分の目を隠すのは辞めることにしました」
私は彼の言葉に小さく頷いた。彼は幼い子供の振りをして、自分の運命がどちらに転んでも対処できるように下準備を整えているといったところでしょう。
「では公爵家の人間が我が家に来る、となると預かるでは話が済まない事にもお気付きでしょう」
「それは敢えて、気付かないでいましょう」
「なぜ?」
「それを決めるのはきっと、ベルトリア嬢だからです」
彼のその言葉に私はにっこりと微笑むと、今度こそ本当に茶会をお開きにした。