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私と私




ウィルの授業が始まった。お兄様は既に知っている事だから、にこやかな表情で紅茶を嗜んでいる。

「ではまず妖精付きについてですね。妖精が何たるかはお嬢様はご存じだと思いますが、アルベルト様はいかがでしょう」

ウィルの問いにアルは静かに首を横に振り、「知りません」と答える。

「妖精と精霊は元々近しい存在です。互いに魔力は生命維持程度にしか持たず、聖なる力を魔力代わりに使っているのです。しかし彼らの体の中にある魔力の安定には“精霊の樹”が必要です。私達王都に住む妖精や精霊は、この家の庭にある“精霊の樹”で生命を維持しています。ここまではいいですか?」


ウィルは簡単に妖精や精霊についての概略を語る。アルは真剣な表情でそれを聞いていて、微笑ましい光景だと思ってしまった。

「妖精は魔族に近いと分類されますが、それは正しくもあり間違いでもある。精霊も妖精も無邪気なのです。彼らには彼らのルールがあり、それに人間のルールを当て嵌めてはいけません」

ウィルはそれだけ念を押すと、真剣な表情になり本題を始めた。


「一般的に妖精付きや精霊付きとは、彼らに気に入られた為に守護され、一心同体となった者を指します。しかしそれはまだ憑かれただけなのです。それらの力をも自分のモノにして初めて、妖精付きとなります」

アルは真面目な顔でうんうんと、頷いている。その横で妖精付きや精霊付きの状態って、私とベルトリアの状態に似ているんだなと感じた。自分の中にもう一つの異物。それらの力を自分のモノにして一つの存在となる。

私はお兄様へと視線をやる。その視線に気付いたのか、お兄様が挑戦的な視線を私に向けた。つまりその通りなのだろう。自分の中の別の存在と一つになる必要があるのは、なにも私だけではなくアルベルトもだったってことだ。なるほど、類似性があるから私達を一緒の授業にしたのだろう。


『リョウカ、アルに負けないように頑張ろう』

頭の中にベルトリアの声が響いて来る。私も小声で「うん」と返事をして、隣に座るお兄様の手を握った。

私に視線を向けたままお兄様は意地悪く笑う。

「ヒントを掴むんだ、どんなことでも」

隣にいる私に聞こえるか聞こえないかの声量で、呟かれたその言葉を私は噛み締める。私達が死んでしまわないように、自分達の魂が一つになれるように。



「まずは自分の中にある、もう一つの存在を感じることから始めましょう」

ウィルはそう言うと、サロンの窓から庭へと私達を連れて出る。精霊の樹の下には敷物が敷いてあり、そこに座るのだろうと予想が出来る。

「…でかい」

アルはそう言いながら屋根より高い、精霊の樹を見上げている。そしてそのまま駆けだすと、精霊の樹にそっと触れ、静かに目を閉じた。彼の頬が心なしか、段々と赤々と色づいていく気がした。


「すげえ。触っているだけで、体のだるさが消えていく」

アルはそう呟くと、深く深く息を吸い込んだ。その様子をウィルは黙って見ていると、アルの目の前にいつの間にか移動して、その胸に手を当てた。突然の出来事にアルは目を瞬かせていたが、ウィルの一言で口を大きく開いたままになった。

「産まれ持っての肺病ですか」

その一言に私達は驚く。ウィルは医者ではないし、別段聴診器を当てたわけでもないのに何故分かったのだろう。

「そうです、肺が悪くて息苦しさが常に」

アルはそう肯定し、自分の胸に手を当てる。私とお兄様はそれを遠目に見ながら、状況を見守ることにした。


「きっと貴方の中の妖精は、苦しげな貴方が心配だったのでしょう。それが憑いた最初の原因かもしれませんね」

ウィルはそう言うとアルから手を離し、優しく微笑む。アルは自分の胸に手を当て、視線を上げウィルを見つめる。

「どうして分かるのですか」

「それは秘密ですが、私には貴方と同じ妖精が憑いています。それが真実であり答えであり、否であり、ヒントです」

ウィルは意地悪にそう答えると、私達の方へ向き直り手を叩いた。


「さあ、レッスンを続けましょう。この敷物に腰掛けて下さいませ」




敷物の上。そこで行われたのはやっぱり座禅だった。所謂、瞑想である。精霊の樹の近くで自分と向き合うことが必要なんだそうだ。私自身もベルトリアとの対話に丁度いいと思い、意気揚々とその隣に座って瞑想を始めた。

アルは私の座りの姿勢にギョッとした顔をしたが、すぐにそれに倣って瞑想を始めた。


私はベルトリアであり、リョウカだ。私達は互いの一番の理解者で、親友で、片割れだ。でもこうしていても私達は何時までも私達だ。一つの存在としてではなく、己の中に個々として認識してしまっている。今更一つになるなんて、難しい事なのかもしれない。


『一つになる必要ってあるのかな』

――それは、大事なんじゃないかな。

『一つになるって思っているから難しいのかもしれないよ』

――…確かに。

『前は魔力が混ざっていなかったし、次は魔力を合わせてみようよ』

――いい考え!やってみよう!


私達は頭の中で会話をして、実践してみることにした。

自分の中の魔力を感じてみる。緩やかに体を巡る温かいものがあった。血管のように血のように、全身を巡っているのが分かる。でもそれはまるで左右でしっかり分かれるように、赤と青の魔力で離れて巡っていた。


――離れているね、これが魔力…。

『分かるよ、混ざらないように左右でそれぞれを回ってるね』

――これをどうやって混ぜよう?

『うーん、難しい』


私は自分の中を脈々と流れる温もりを、どうやって一つにするべきかを考える。よし、唸れ!前世の記憶!

確か血管は静脈と動脈に分かれていたよね…。心臓から出ていくのが動脈で、戻っていくのが静脈だったはずだ。そしてそれが全身を巡る中で、細胞の酸素の運搬と二酸化炭素の交換に使われる。その二つが交わるのが確か毛細血管だったはず。

よし、毛細血管をイメージしてみよう。


『…やってみよう』

私の頭の中を覗いたのか、ベルトリアの声が聞こえた。私が先導する形で毛細血管のように細く、網目状に魔力の流れる管が混ざりゆくイメージを膨らませる。すると魔力がその管を通って、左右に行き渡っていくのが分かる。それをじわじわと推し進めると、魔力が左右で別々に流れるのではなくてゆっくりと結合し始めた。


手応えを感じて続けてみると、魔力は左右別々に流れるのではなく一つに流れるようになった。しかし、左右は分かれたままだった。

『難しい』

ベルトリアの呟きに同意したが、何かが惜しい気がしてならない。私は毛細血管とした部分を注視してみた。するとその中では魔力が左右で別れる事無く、混ざり合っていたようで紫色をしていた。


――完璧に失敗ってわけではないみたい。

『そうだね!もう少し、考えよう』



「ここまで」というウィルの声が聞こえて、顔を上げると随分と時間が経っていたようで日が傾きかけていた。私の横でアルが大玉の汗をかきながら仰向けにバタンと倒れる。

「何となくわかるけど、難しいんだよこれ!!」

彼のその大声にお兄様がクスクスと笑う。何だか私も可笑しくて、つられて笑ってしまった。

和やかな雰囲気の中でも、小さな手応えを握りしめ、私とベルトリアも小さな一歩を踏みしめた。







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