属性魔法
精霊の樹が優しい風に葉を揺らしている音が、耳にそっと届いて来る。弾かれたように駆けだした私を、お母様が後ろから嗜める声がするがそんな場合ではないのだ。
新しい魔法!!練習!!
こんなにこの世界で心躍る言葉はないと思うの。
お兄様の腰へ勢いよく抱き着いて、上目遣いにせびって見せる。パッと輝かんばかりの笑顔になったお兄様は、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「今日することは一つ。自分の魔法の属性を知ることだよ」
お兄様はそう言うと、人差し指を立てる。そこには小さな雷がビリビリと光っているのが見えた。
「うわあ、お兄様は雷の属性なの?」
私の質問にお兄様は魔法で答えてくれる。指先から雷が消え、氷の塊が浮かび、その後にキラキラと輝く何かが指先から溢れた。
「雷と氷と…光?」
私の呟きにお兄様がクスッと笑う。
「そうだよ、正解だ。ちなみに氷は水属性の一つにされている。僕は水そのものより氷で扱う方が得意なんだ。そして光属性。これは所謂、妖精の能力だね。聖なる力を用いるから聖属性なんて呼ばれたりもする。」
「そうなんだ!!」
お兄様の説明に胸が躍る。今まで練習していたのは無属性の魔法の無詠唱行使が多かった。込める魔力量の調整やコントロールする術が中心の授業となっていた。やっとこれから属性を知ることが出来る。
「属性を知ると言っても、大体魔法は血筋で決まる。その家系ごとに何かしらの系統があるからね」
お兄様がそう言いつつまた指先を立てる。するとその指の先に小さな火が灯る。ここで私は小さな違和感を覚えた。
―――お兄様が見せてくれた属性魔法の系統ってバラバラだわ…。
雷、氷、光を使って見せ、今小さいが火を灯している。その指先から火が消え、今度は庭の土を少しだけ集めてボールにする。
規則性が見当たりませんね、お兄様。何だか嫌な予感と、期待が胸を過る。
「今見てもらった通り、僕は一通りの魔法が一応発生させることが出来る。つまりどういう事か分かる?」
お兄様が悪戯な視線を私に向ける。嫌な予感の方が的中しそうですね。
「もしかして、全属性…」
「そう!我が家は闇属性以外の全属性の特性を持っている!特性だけだけどね」
私の言葉に被せてお兄様が大きな声を出す。ああ、私の予感が的中した。
この世界に産まれ、魔法に心躍り楽しみにしているけども!決してチートで無双で、俺最強!みたいなことがしたいわけではないのです。
とりあえず私達は闇属性以外の素因は持っていて、得意か苦手かは個人の問題という事だった。
「さあ、ベルトリア。自分が思いつく通りに魔法を練ってごらん」
お兄様の言葉に従い、私は手の上に小さな火が灯るのをイメージする。まずは分かりやすく火属性を試してみようと思ったからだ。
私は目を瞑ってイメージした通りの魔法を使おうとした。でも次の瞬間に目の前が熱くなった気がして目を開くと、自分の顔の大きさよりも二回りは大きな火の玉が浮かんでいた。
火の玉の向こうでお兄様がぎょっとした顔をしていて、その奥でお母様が楽しそうに笑っている。
それよりもこれ、私が考えていたよりも大きくなった。魔力込めすぎたかな。
火の玉を消して自分の魔法について反省会を開こうとしたとき、お兄様が次と言ったので頭をリセットする。
「次は風をイメージして。これは緑属性の一つだ。」
お兄様の言葉に、私は花壇を揺らす程度の爽やかな風を想像して手を掲げた。すると目の前をつむじ風が横切り、精霊の樹へ向かってしまった。しかし木に辿り着く前にふわりと消えた。
お兄様が首を傾げるのにつられて、私も首を傾げる。
おかしい。微風がつむじ風になった。
「じゃあ次は掌に水を出してみよう」
「はい!」
私は桶から手に水を掬った状態をイメージして、手を翳す。するとバケツを引っ繰り返したような、想像よりも多い水が目の前に湧いてきた。
今度はお母様まで首を傾げている。
私達はそれを尻目に、魔法を試していく。氷なんて氷塊が出たし、雷は小さな静電気をイメージしたのに落雷した。土で手のひらサイズのボールを作ろうとしたら、大玉転がしくらいの塊ができた。種を芽吹かせようとしたら、立派な木へと成長を遂げた。
お母様の顔色が悪くなったと思うと、いつの間にかいなくなっていて、そしてお父様と一緒に現れていた。
お兄様の侍従のケイなんて、化け物を見る目で私を見ている。お兄様自身も驚きを隠せない表情をしている。
「これ以上はやめておこう、庭が崩れる」
お父様の鶴の一声で私達は庭の惨状に気が付いた。巨大な土玉が転がり、変な場所に木が植わっていて、氷や水でベシャベシャな地面。落雷で焦げた木。地面の芝生につむじ風が通った轍。
なるほど悲惨である。
「ベルトリア、お前はどうなっているんだ」
お父様が私の元に来て、苦笑いで頭を撫でてくる。あまり嬉しくはない。
「だって微風を出そうとしてもつむじ風なんて、私にもわからないもん」
私は上手くコントロール出来なかった悔しさで胸が苦しくなる。そもそも魔力が多いのに、コントロール出来ていないなんて歩く災害だ。
「それでも、一つ分かったことがあるよ」
お兄様が私に向かって両手を広げて、こちらを見ている。その目は輝かんばかりで、久しぶりにあの“研究対象”という視線を受ける。
「ベルトリアは試していない細かい属性は分からないけど、全属性を得手不得手なく行使できる」
思わず後ずさりした私に、お兄様は歩み寄る。お兄様の姿に、ゾンビが生者を求めて歩み寄ってくる映画を思い出した。私は怖くなってお母様の元へ駆け寄り、そのスカートの後ろへと隠れた。
平穏無事な一生って、何気に難しいのね。
この後私が全属性使えることは、国には伏せることが家族の話し合いで決定した。私は一応、ハリス王子の婚約者候補になっているらしいからだ。でも私が王家に嫁ぐことは有り得ないそうだ。何故なら寿命が人間のそれとは違って長いため、国主となり変わられたら困るという国の意向があるからだ。
そして、全属性の魔法適正なんて血が王家に入るのをサンティス家もファウスト家も望まない。私達の家系はやはり、国という組織の外側に位置しているのを突き付けられた気がした。