妖精の血を引くという事
今日も今日とて天気が良く、精霊の樹を庭先で眺めながらお母様とお茶会と洒落込んでみている。違います、マナーの講義中ですごめんなさい。
屋外でのお茶会は初めてで、風がテーブルクロスを巻き上げることもあり少しヒヤッとする。それでも木漏れ日の下で涼しくも暖かい陽気に包まれ、ほっとするような時間が過ぎていく。今日はこのあと魔法の練習もあるようで、自宅では初めての屋外での魔法の練習となっている。
葉のこすれる音が耳心地良く響く。最近はマナーについてはお母様から合格を頂けるまでになってきたけど、前世の記憶の影響か歩くときの所作がたまに覚束ないらしい。それでも誤魔化せられる範囲まで成長したことが誇らしくもある。だって行儀よくする事が、こんな筋肉使う事だなんて聞いてない!!
本を頭に乗せて歩く姿勢の練習とかセオリー通りだなって思っていたけど、こんなに難しい事だとは思わなかった。歩くときに頭が上下に揺れないで行くなんて、どんな神がかったすり足だよ。これをヒールでするなんて、靴底なんて一瞬で消えてしまいそうだ。
「そういえば、お母様」
私はカップをそっとテーブルの戻し、お母様を見つめる。
お母様は無表情の上に笑顔の仮面を被って、私に応対している。これが貴族の標準なんだというので私も真似をして、笑顔の仮面を張り付けている。
「イデア公爵家のアルベルト様のことで…」
「ああ、彼のことね」
お母様はうふふと、小さく笑った。そのままカップを手に取ると、何てことない様にお茶を嗜む。私はそれをじっと見ながらお母様の言葉を待つ。
「彼が妖精付きであるという事は本人から聞いたのよね?」
「ええ、お母様」
そう、私は彼から直接妖精付きであるという告白を受けた。そしてその事実が、この家へ預けられる事を意味している。
「彼は本当に妖精付きなのでしょうか」
「ええ。間違いなく妖精付きですわ」
私はお母様とのお茶会ルール、丁寧な口調を守りながらお母様と会話する。お母様は何やら根拠があって、彼を妖精付きと認めているようだ。
不思議に思っている私の顔を可笑しそうに見つめながら、お母様は根拠となることを話し始めた。
「彼は一歳の頃に庭で遊んでいる時に妖精に気に入られ、融合し妖精付きとなりました。その際にイデア公爵からご相談を受け、対処していたのです。しかしまだ一歳という年頃を考えても、サンティス家で預かることをしませんでした。」
「そうなのですね」
なるほど、それならば私が知らない事も、お兄様が知らない事も理由は分かる。しかしそれでは納得のいかない事もある。
「では何故、彼は私達を見下していたのでしょうか」
私の質問にお母様は笑みを深くするが、それがどことなく怖い。どうやら合格ラインの質問をしたようだが、それでは何かが足りていないようだ。
「トリアちゃん、今の質問はとてもいいわ。だけど、その問い方だと問い詰めているように感じられてよろしくないわ」
「申し訳ありません、お母様」
私は今の問いを正しくなるように、頭の中で言葉をパズルのように組み合わせていく。長考するような時間はないのだから、一瞬のうちにそれを出来るように訓練していかないといけない。
「彼が正しく物事を見ることが出来る機会を得ることができて、私も嬉しく思います…?」
私が拙い頭で捻り出した言葉にお母様は、思わずと言った様子で咳き込んでしまった。そしてその後ろから盛大な笑い声が響いてきた。
「だめだ、我慢が出来ないよ」
お兄様が堪えきれない様子で蹲りながら笑っていた。つまり私の選んだ言葉が間違いだらけだということだ。思わず頬を膨らませて、難しいと呟けばお母様が笑って頭を撫でてくれた。
「そうね、今の言い回しだと“公爵家は正しい教育も施すことが出来ない”と揶揄ったと、捉えられても仕方のないことよ。ある意味正しいから間違ってはいないけど、お外ではダメよ」
「はい、お母様」
お茶会はお兄様も含めて仕切り直しとなった。アニーがお兄様にもお茶を注いで、先程の話から話題が始まる。
「アルベルト様が我が家を見下した理由、それは彼のお母様の正しくない認識と妖精付きだから、いつかこの家を出るという気持ちから始まったように思います。」
お母様が改まって話を始めた。
「現公爵夫人は、以前から私の事を好いておられませんでした。社交界の華と呼ばれるには、美しく聡明であることが求められます。
彼女は歳の割に聡明でしたが、それまででした。聡い人はこの国の成り立ちを知らずとも、サンティス家の役割を認識しているでしょう。しかし彼女は違った。夫人は華になる事を望み、年を取らない私に嫉妬したのでしょう。そこでイデアとサンティスが遠縁であると知り、そのことで分家だと妄信した。その誤った認識を我が子にも刷り込んで、ベルトリアを取り込んでしまおうとしたのでしょうね」
お母様はここまで話すと紅茶を飲む。私は今の話を吟味しながら、ゆっくりと思考を巡らせる。
サンティス家とファウスト家の特徴である長寿。自分たちの一生よりも長く、輝きを放つ私達は孤独だ。だって友人ができても瞬く間に命を燃やしてしまうのだ。そして美しさを維持するという事は、それだけ妬みや悪意の対象になりうる。
そしてその一端に巻き込まれるであろうアルベルト。彼もまた混じったのだ。寿命は人間のそれより、遥かに長いのだから。
私達サンティス家とファウスト家は、国政には関わらないことが暗黙の了解となっている。何故ならばいくら国民であると言っても、この国の守護者であり監視者なのだ。人間の国であるこの土地に、古くからの血筋であると言っても関わり過ぎるのは良くないのだろう。だって私達は、ただの人間ではないのだから。
私は溜息をついた。自分のこれからを思って、アルベルトの今後を憂いて。
「どうしたんだい、ベルトリア」
お兄様が優し気に声を掛けてくる。
「なんだか、アルベルト様がお可哀そうで」
私は思ったことをそのまま言葉にした。お母様は少し眉を顰めるが、お兄様は同意とばかりに首を縦に振る。
「彼はイデア公爵家の人間として産まれ育ってきたのに、こちらに来たらその認識は捨てなければいけない。だって、彼はもう妖精になっているから…って言う事かな」
お兄様が私の言葉を引き継いで言いたいことを言ってくれた。私は深く頷く。だってそうなのだ、彼は愛されて育った。間違った知識もあったが、それでも公爵家として恥じない教育をされてきたのだ。だけども、もう彼は我が家に来ることを決めてしまった。それは人間として生きる事との決別でもあるのだ。
「彼は妖精付きよ。人より長く生き、妖精に近い存在になってしまっている。つまり私達と一緒なのよ…。家族が死ぬのを若いままで見送るなんてきっと孤独よ…」
私はそう呟くと、カップの中に視線を落とした。そう言う言葉が出るという事は、きっと私もどこかで孤独を感じているのだろう。
「ベルトリア、その孤独は私達全員が産まれ持ったものなのよ。…私達がいるわ」
お母様はそう言うと私の頬に、そっと手を添えてくれた。
「それを見守るのも、見送るのも、新しく寄り添うのも。私達に与えられた役割なの。貴女がアルベルト様の孤独を支えることが出来るといいわね。」
お母様の慈愛に満ちた笑顔の横で、お兄様もうんうんと頷いている。
「支え合って助け合うんだ。貴族の足の引っ張り合いはしないで、この家の中じゃ支え合おう。まあ、彼の頭の出来は少し疑うけどね」
お兄様は少しの毒を混ぜながら、少し暗くなった雰囲気を明るく変えてくれる。二人の心遣いが嬉しくて、私は笑いながらお礼を言った。
「じゃあ、今からは魔法の練習をしよう。せっかくだから、お母様にも見てもらおうか」
お兄様はゆっくりと立ち上がると、精霊の樹の下に移動する。
今日から新しい魔法の練習が始まると思うと、ドキドキが止まらない。私は弾かれたように椅子から立ち上がると、お兄様の背中を追った。
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