予想外
あの日から数日経った。私達は普通に授業に参加し、楽しく日々を過ごしていた。そんな中アルベルトは休んでいた。何があったのか分からないけど、この間のことが関連するのは間違いないだろう。
その週の内に復学したアルベルトは、人が変わったようにとまではいかないけど大人しくなっていた。彼に何が起きたのか分からないけど、私にとって今のところ不利益になっていないから気にしない。
一週間が経った。あれから不都合がいくつか出てきた。
私に対して好戦的であったアルベルトがなりを潜めて、クラス内ではあるが噂がいくつか回ったのである。その噂は「イデア公爵がサンティス家をまとめ上げた」というモノだった。アルベルトが大人しくなったのは勿論、サンティス家であるルーファスも大人しくなったから起きた噂だった。真実としては、突っかかってくるアルベルトが静かだから何も起きないだけなのだけども。
噂は勿論ただの流行の話題として、一週間ほど流れたけどそれだけだった。私とロイスとアリアはその話題に参加することなく日々を過ごした。
私にとってのみ不都合だったことがもう一つある。
それはアルベルトの視線だった。以前は私を見くびった嫌な視線だった。事件の日は睨むような怒気を孕んだもの。そして最近は何か大いに期待を含んだ、キラキラと輝く年相応の視線だった。
私達ベルトリアは何でこの視線を向けられているのか分からず、あまりの恐怖にお兄様に質問をした。そうするとこらえきれないように笑われ、馬鹿にされたような気がしたので無視している。
私の考えでは、「妖精の血を引くチート」として期待に胸を膨らませているのではと危惧している。妖精の血を引くだけで、エルフの血を引くだけで私は私だ。悪戯がしたくてたまらないだけの私だ。
せっかくの魔力と血に刻まれた魔法を使わずして何になるの!!
せっかく魔法の国に生まれ変わったのに何もしないなんて損だわ!!
あれ、これがチートって言うんだっけ。
入学して一ヶ月が経った頃に、いよいよ教養の授業でダンスのレッスンが始まった。アリアとロイスは当たり前のようにペアを組んだので、私だけが浮いてしまった。クラスでは既にグループが出来上がっているから、浮いた人で組むことになった。
まあ、勿論アルベルトなんですけどね。
以前の授業でのこと以来、アルベルトはすっかり大人しくなった。というより、俺様が消えて貴族の子息らしい行動をとるようになったのだ。だけど今までが横暴過ぎたのか、彼をすぐに信じる事がクラスメイトにはできていない。
ここで渦中の被害者側の私との関係が良好であると示せたら、それはそれで彼の評判の改善し繋がるだろう。だけどそうしようとは思わない。
わたしは消えつつある右腕の痣をそっとなぞった。私が彼と仲良くなる時は、きっと誠心誠意の気持ちを示された時だろう。
だから決して今じゃないのだ。
「ベルトリア嬢、今日はペアをよろしくお願いします」
アルベルトが緊張の面持ちで私に声を掛けてきた。クラスの中にも張り詰めた空気が流れ、私達の一言一句逃さぬようにしているのが分かる。
「ええ、アルベルト様。よろしくお願いします」
ダンスの授業といっても、私達は貴族だから基本のキなんてすでに教わっていることだ。改めて多大の距離感や、難しいステップなどを習う。ちなみに私はダンスは得意だよ。
今日は基本のステップのお浚いという事で、それぞれがペアと慣れ親しんだリズムを刻んでいる。アルベルトは脳筋だからと思っていたけど、意外と上手く私をリードしてくれている。ワルツのリズムを足でそっと刻みながら、相手の顔色を窺った。
アルベルトは一生懸命な様子だったけど、私の顔を見る余裕はあるみたいだった。
「先月はごめんね、ベルトリア嬢」
アルベルトが小声で話しかけてきた。私は彼に一瞬視線を向けるとすぐに反らす。
「大丈夫です。」
そんな私の態度にアルベルトは苦笑を漏らす。なんだかそんな顔をされると私の方が悪い気がしてしまうからやめてほしい。
「俺は間違った事を真実と思って、君達を見下していた。これは高位貴族としてやってはいけない事だと、勉強をしているうちに思ったんだ。」
彼の言葉に自然と視線がその目に向かった。嘘は言っていないようだ。真剣に私を見つめるその視線は、追い詰められたような色と反省の色が濃く浮かんでいた。
「分かっていただけたようで、何よりです」
わたしはそれだけ言うと、これ以上は話したくないと態度で示した。その甲斐あってか、練習中は余計な会話なく無事に進んだ。
ワルツが軽やかに終わりのリズムを刻み、一斉に生徒の動作が止まる。曲が終わったので、それぞれがペアの人物に礼を行う。無事に事が済んで安心して私は気を抜いてしまったようだ。
私も周囲に倣いアルベルトにスカートの裾を持ち膝を曲げて例の姿勢をとると、向かい側でアルベルトも紳士の礼を取る。頭を上げようと私が動くと、目の前でアルベルトが傅いて私の右手を握った。
思わず「ひっ」と声を漏らしかけたのを耐えたことを褒めてほしい。
そんな私の視線の先でアルベルトが私をじっと見つめている。何をされるんですか?
ずっと上から目線で傲慢な態度だった彼が、急にこのような行動をとると不気味でならない。さらに周囲の好奇心に満ちた視線が、私達を射抜いているからたまったもんじゃない。
「ベルトリア嬢、俺は末子だ。だから家がどうするかにあまり関係がない立ち位置にいる。だから家族で話し合って、サンティス家のイアン殿に許可を得て今後の行動を決めたよ」
アルベルトは私の右手の指先にそっと額を押し当てた。私は彼の突然の行動に石のように動けないでいる。それを尻目に彼は言葉を続ける。
「俺、騎士になる。貴女を守るサンティス家の騎士に」
「えええ!?」
私はあまりのことに大きな声を出してしまった。サンティス家の直属騎士。それは魔法と剣技等に秀でた妖精付きや精霊付きなどで構成されている騎士団だ。この国の管轄下にある聖域の保護が主な仕事だが、裏の仕事として守護者であるサンティス家を守る義務がある。だけど、この騎士団に入るには条件がある。
それが、妖精・精霊付き、もしくはエルフなどの血が混じっている事だ。少なくともアルベルトはそれのどれにも属さない気がする。
そんな私の視線に気が付いたのか、アルベルトは小さく笑った。
「俺は妖精付きって言ってなかったっけ」
―――聞いてないです!!!!!