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イデアの出来事

今日はアルベルトの話にしたかったので、第三者視点で書いています。



「くそ、くそ、くそ!!!!何でこうも上手くいかないんだ。それもこれもベルトリアの兄貴の教師が居るのがいけない…。いや、その前にあの双子がベルトリアにくっついてるのも気に食わない。」

アルベルトは馬車で迎えに来た従者が頭を下げるのを無視し、馬車の扉を開かれるのを待ってそこへ乗り込む。従者は機嫌が最高に悪い様子を察して、御者と共に前へ座ることにした。外から扉を閉め、前へと乗り込み馬車を走らせる。

「…何でなんだよ、俺は公爵家の人間だぞ。あいつらより格上なはずなんだ、何で言うことを聞かないんだよ。」

揺れる車内でアルベルトは抑えきれない激情を持て余していた。


幼い頃から天下のイデア公爵家の末子であり、目に入れてもいたくないというように可愛がられてきた。そんな彼だからこそ我慢というものを知らなければ、自分が一番に尊重される環境に馴染んでしまっていた。

その為今日の授業での一幕は、彼の小さな自尊心を盛大に傷つけてしまった。

貴族というのは名誉を重んじる生き物である。彼はそれを周囲が自分へと遜る事に見出していた。


アルベルトは馬車の中で荷物の入った鞄を思いっきり床に叩き付ける。だがそこには質のいい絨毯が敷いてある為、大した音もせずに鞄を受け止めてしまった。

治まらない苛立ちを投げつけた鞄を踏みつけることで堪える。

御者席から聞こえるのは車内に響く彼の罵詈雑言と、侍従の深いため息ばかりだった。





王城の近く、石造りの巨大な塀に囲まれた中にイデア公爵家の屋敷はあった。白亜の巨大な屋敷で、貴族のタウンハウスの中で一番の広さを誇る。屋敷の書斎でイデア公爵家の次期当主であり、アルベルトの父親であるユリウスが領に関する報告を受けていた。そろそろ次男のアルベルトが帰宅する頃合いで、今日は授業を付ける約束をしている。

その時書斎の窓がコンコンっと何かに小突かれる。何事かと振り返ると、窓の外に小さな小鳥が手紙らしき筒状のものを持って飛んでいる。伝書バトのように小鳥に手紙を預けるのは、緊急時によく使われる連絡手段だ。

ユリウスは訝しげに周囲を確認し、窓を開けて小鳥から手紙を受け取る。

手紙を広げるとそこにはサンティス家嫡男の名があり、突然の手紙に対する詫びと、学校で教師として授業を教えている旨が書かれていた。そしてその後に書かれていたのが問題だった。

ユリウスは思わず手紙を握りしめてしまいそうになり、執事の若旦那様という声で落ち着きを取り戻す。


「アルベルトが帰宅すれば、すぐにこの部屋に呼べ」

執事は何も問うことなく恭しく一礼すると、もうすぐ帰宅するであろう問題児を出迎えに言った。





「ただいま帰りました、父上」

何かに苛立った様子で帰宅した次男を、ユリウスは鋭い目で睨みつける。

帰宅早々に書斎に呼ばれて、苛立っているのか。いやきっと学校での出来事のせいであろう。ユリウスは深く溜息をつくと、息子に問い掛ける。

「お前、何か私に言う事がないか」


アルベルトは訝しげに顔を上げ、父親の鋭い視線を感じすぐに顔を伏せる。

「学校での事」

ユリウスがヒントを言うように、それだけそっと呟く。アルベルトは弾かれたかのように顔を上げ、その目に怒りを滲ませて父親を見た。

「そうだ、父上!学校で魔法省から来ている教師が無礼なんだ!!」

顔を上げた勢いそのままにアルベルトはそう主張する。そのまま出来事を思い出したのか悔しそうに俯く。


「あいつ、侯爵家の癖に俺に楯突いて恥を掻かせやがった!!」

アルベルトは俯き歯噛みしながら拳を握り、悔しそうに呻く。ユリウスはそれをただ無言でじっと見つめる。

その視線に気付くことなく彼は自分の主張を続ける。

「魔法で俺を浮かばせ、振り回したり、手を掴んで引き剥がしたり――」

「話はそれだけか」

周りの見えていないアルベルトの主張を遮るように、ユリウスは静かに声を掛ける。虚を突かれたアルベルトは、再び苛立った顔で父親を見上げその冷えた眼差しに息を飲んだ。


「話は、それだけかと、言ったんだ」

ユリウスの怒りを隠さない声色に、思わず一歩後ずさる。

「お前の今日した行動は、既に報告が来ている。それに伴いサンティス家の嫡男ルーファス殿からの抗議の手紙も来た。」

アルベルトは自分の主張をしようと口を開き、父親の目線で制される。


「サンティス家の令嬢に手を挙げたらしいな。それに過去も“躾ける”等とクラスメイトに話していたことも聞いている。」

ユリウスはゆっくりと椅子から立ち上がると、アルベルトの前まで静かに歩いて近付く。アルベルトは床に縫い付けられたかのように動けず、父親を大人しく見上げる。

「さらに愚かな。サンティス家の事を分家と呼んだ、とな」

未だかつて見たことない憤怒の色を瞳に秘めた父親に見つめられ、アルベルトは息を飲む。


「家格こそ我がイデア公爵家の方が上だが、実際は違う。あの家を侮ってはいけないのだ。しかもあの令息と令嬢はサンティスだけでなく、ファウスト家の血もある。お前は本当に恐ろしい事をしてくれたものだ…」


アルベルトは父親の主語の無い言葉たちに、頭が追い付かず意味が分からないと表情で訴える。

「何故です、俺の方が格上なはずでしょ!?それに遠縁って事は分家って事だろう!」

納得できないと地団太を踏み、彼は我を通そうとする。その喚く彼の頬をユリウスは静かに強く叩いた。

突然の父親の手に、彼は茫然と言葉を失い父親を見上げた。


「あの家が妖精の血を引くのは知っていよう。当主のお前のお爺様の叔母上が妖精付きとなり、持て余したのを彼らが引き受けてくれ、外聞の為に輿入れという形をとってくれたのだ。恩はあれど、見下すべき点は一つもない。」

感情を込めることなく話される父親の言葉に、アルベルトは口をパクパクとする。

「だ、だって、母上が言っていたんだ…。分家の癖に夜会でも目立って鼻につくって…」

ユリウスは思わずして聞こえた、根源である存在に目を細める。

「そうか、母上から聞いたのか。その言葉に嘘はないな?」

アルベルトは小さく頷くと、父親から頭を撫でられそのまま書斎を追い出される。

「お前は言われた事を調べるという事をしない。ここまで甘やかしたのは我々の責だ。こちらから声を掛けるまで、部屋で大人しくしていなさい」

アルベルトは小さく礼をすると、そのまま自室へと重い足を運んだ。




アルベルトの母は後妻であった。今は亡き前妻の子供である優秀な長男と、見目麗しい長女に劣等感を抱いていた。その為自分の血を分けた息子であるアルベルトをいたく可愛がっていた。

ユリウスは少しでも妻が安心できるなら、とその状態を見過ごし末息子を可愛がってきた。だが、これは失敗であったと言わざるを得ない。多少の傲慢は貴族の幼子には見られる傾向だが、今回のは他家に迷惑をかけた挙句、侮辱までしてしまっている。

また彼の妻は、気位が高く目立ちあがりの気があった。しかしサンティス家の夫人が社交界の顔となり、女の花園をまとめ上げているのが現状だ。本来ならば筆頭として自分が立つはずだった場所に彼女が居るのが気に食わぬのだろう。そして彼女は他家から後妻として輿入れした為、この家の家系魔法に絡む事実は秘匿とされてしまっている。その為サンティス家との繋がりも誤解していたのかもしれない。


だがこれは看過されるべき話の枠を超えてしまった。

早急に対処に向かうべく、彼は妻の元へと向かうのだった。






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