トラブル
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まだ書き始めたばかりなので、色々仕組みが分かっていない点があります。可笑しな部分があれば指摘して下さると助かります!
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学校が始まって二週間が経過した。
教養の授業でもこの国の成り立ちや、一般的に貴族の子息たちの知っておくべき知識を指導されている。来月からは一部実習を用いたマナーの授業も始まるらしく、各家庭でのレッスンが暗黙の了解として始まった。我が家も例外ではなく、講師はお母様がしてくれているので心強い。何しろ社交界の華として何十、―ゲフン、ゲフン…―何年君臨していらっしゃるのか分からないから、あれは違うこれは違うと日々厳しく教えて下さっています…。
各家庭でそうなのか、段々皆の所作が綺麗になっているのが分かり、その変化が楽しい。
そして今日から魔法基礎理論の授業で無属性魔法の屋外実習が始まるらしく、私達はぞろぞろと教室を後にしていく。私達は入学して初めて、屋外訓練場へと向かう事になっている。アリアとロイスに左右から挟まれながら、私は期待に胸に踊らせてついつい急ぎ足になっていく。
「そんなに急がなくても、訓練場は逃げないよ」
ロイスがクスクスと笑いながら私に語り掛ける。反対側からもアリアの笑い声が聞こえてきて、自分のはしゃぎ具合が恥ずかしくなってくる。私は頬を膨らませ、眉を寄せて拗ねて見せる。
「だって、嬉しいんだもの」
最近私はお母様に言われて、自分の表情をわざと作り上げる練習をしている。何でもこれも社交教育の一環なんだとか。あの気合の入った「女優たれ」という言葉は、迫力と説得力に溢れていて思わず一歩後ずさってしまった。そのお陰でお母様によるマナーの講義に厳しさが増したのは言うまでもない。
「そんなに可愛い顔しても、淑女たるもの走ってはいけないわ」
アリアが口元を隠して綺麗に笑う。その所作にぎこちなさは見えず、洗練された動作にも見えた。
「それに淑女は頬を膨らませて拗ねたりしない」
横からロイスが悪戯な笑みを浮かべ、揶揄ってくるのだから意地が悪い。
「分かっているわよ」
私は表情をいつもの無表情へ意識して戻すと、歩くスピードを緩め静かに歩くよう心掛ける。廊下の突き当りから前庭方面へ抜ける扉があり、私達はそこへ向かって歩を進める。先を行っていたクラスメイトが扉を開けたままにしていたようで、中から訓練場の様子がうかがえる。広々とした芝生のグラウンドと、土が敷いてあるグラウンドが二つ見えた。今回はその芝生の方へ集合となっている。
「さて、授業を始めよう」
ルーファスお兄様の号令で、私達は思い思いに集合する。お兄様はクラスメイトの人数を確認すると、満足げに頷いて授業の説明を始める。
「今日の授業は予告していた通り生活魔法とも呼ばれる、無属性魔法の実習だ。教室では部屋を荒らす可能性があるから外に出てきてもらったよ」
無属性魔法は所謂、念力のような魔法である。物を浮かばせたり、運んだりして日頃の生活にすっかり溶け込んでいる。
「生活魔法なんて言われているけど、普通に魔法だ。使い方によっては人を怪我させることも簡単にできるし、危険極まりない事故や事件に繋がる場合もある。決して気を抜かずに取り組むこと」
「「「はい」」」
お兄様の注意にクラスの大半が返事を返す。だが少し離れたところで説明を聞いていた一部の生徒は、鼻で笑うような様子で真面目さが窺えない。お兄様はそちらに目を向けると少し目を細める。
その視線の先にいるのはイデア家のアルベルトとその取り巻き達。先日のお母様の講義で、実は私達サンティス家はイデアの遠縁であることが教えられた。現イデア公爵の叔母にあたる人物がお爺様の弟に嫁がれているそうで、もう既に儚くなられている。ちなみに大叔父様はご健在です。
お兄様はアルベルト達に向かって少し手招きをした。その姿を見ても彼らは鼻で笑い、こちらに来ようとはしない。お兄様は溜息をつくと、手を返し挑発するようにこっちに来いと手で合図する。
これにアルベルトは苛立ったのか顔を顰めて、文句を言おうと口を開く。だがそれと同時にお兄様の魔法が発動し、彼らを少し宙へ浮かばせこちらに雑なスピードで引き寄せた。
「うわあああああ!!」
アルベルトの驚きの悲鳴がグラウンドへ響く。それを見てクラスの何人かが思わず笑ってしまう。それが恥ずかしかったのか何なのか、こちらに引き寄せられ顔を真っ赤にしたアルベルトは、怒りを露わにお兄様に食って掛かる。
「お前!!教師だからってイデア公爵家の俺に何をしてくれるんだ!!」
お兄様はそれを目を細めて見つめると、溜息をついた。
「まず授業中だ。アルベルト君、君は指導失くして一人前に魔法を使えるのかい?」
「学校の授業何て、家で家庭教師に習えばいい話だ。お前なんかに教わらなくてもお父様に指導頂けばいいんだ」
アルベルトは喧嘩腰にお兄様に喚き散らす。あまりの傲慢な態度に、思わず眉を顰める。高位貴族たるもの、品行方正であるべしと教わるはずなのに彼は身に付いていないようだ。
お兄様はまた一つ溜息をつくと、頭をガシガシと掻く。
「それじゃ、今日するはずの念力の魔法。それを今やって見せろ。それが出来たら僕の授業を受けなくていい」
お兄様は何時になく苛立った口調でアルベルトに言う。そしてグラウンドから魔法で土を集め、バスケットボール大の土の塊を作り出す。
「これを持ち上げてもらおうか、チャンスは一度だ」
アルベルトはグッと下唇を噛むと、キッと私を睨みつけてくる。何故だ、何故私を睨むのだ。
「やってやるよ」
アルベルトはそのまま土の塊に向かって手を翳すと、魔法を発動させようとする。
「我が力を示し、これを掲げよ」
アルベルトの掛け声で、一瞬土の塊が浮かび上がろうとして――瞬間、砕けてしまった。
「な、なんでだよ!!」
アルベルトは地団太を踏み、声を大に苛立ちを隠さない。周囲の人達は顔を見合わせ、事の成り行きを見守る。
「込める魔力が多いんだ。こういう調整を学ぶのがこの授業なんだ。事故を起こさない為に」
お兄様は冷めた目で彼を睨みながら、彼の魔法の解説をする。その視線と言動が気に障ったのか、失敗が悔しかったのかアルベルトは俯いてしまった。
それを横目にお兄様は手を叩いて、注目を自分に集める。
「さあ、気を取り直して授業の開始だ」
お兄様はアルベルトの肩をトントンと軽く叩くと、等間隔で散るように指示を出す。アルベルトはそのお兄様の背中を恨みがましく見つめると、私の方につかつかと歩いてきてそのまま腕を強く捻じられてしまった。
「痛い!!」
私が思わず声を上げると、アルベルトは怒りの形相で私を睨む。その顔貌に思わず体が竦んでしまう。
「分家の分際で…」と、大声で私に文句を言い始めた時に私を掴んでいる彼の手がロイスによって掴まれる。アルベルトが私から視線をロイスに向け小さく舌打ちをする。
「ベルトリアから手を離せ。彼女は何もしていないじゃないか」
彼の至極まっとうな抗議に、アルベルトは悔しそうに口を噤む。そこに慌てた様子でお兄様が駆け付け私から、アルベルトを引き剥がす。思わずふらついた私を、後ろからそっとアリアが支えてくれた。その時自分が息を止めて、恐怖していたことを自覚する。
お兄様はそのままアルベルトの手を引き、距離を取らせる。流石に大人の力に敵わないのか、いくら暴れてもお兄様の手を振りほどけない様子だ。
「ロイス君の言う通りだよ、アルベルト・イデア。それに我がサンティス家はイデアの分家ではない。一体何を学んでいるんだい、君は。正しい知識をお父様に確認しておくんだね」
お兄様は満面の笑みでアルベルトに向かって声を掛ける。そしてその手を強く握ったようで、アルベルトが顔を顰めている。そんな彼の耳元でお兄様が囁く。
「このことは君の父上に抗議させてもらおう。でも今は授業中だ。さっさと実習の準備を始めなさい」
悔しそうに俯くアルベルトをその場に放っておき、お兄様はこちらに戻ってくる。すごい勢いで私の事を抱え上げ、捻られた腕の状態を確認している。いつもと変わらないお兄様に安心して、少し笑ってしまう。
「ベルトリア、怪我はないかい?」
「大丈夫、少し痛いけど何てことないよ」
「可笑しなところがあったらすぐ言うんだよ」
「はい、お兄様」
お兄様は私を降ろすと、頭を軽く撫でてくれる。そのままクラスメイトに向き直り、授業の中断を詫びている。
私達も気を取り直して、自分の魔法の練習を始めることにした。視界の端に憎たらしそうにこちらを睨む、アルベルトを捉えながら。