守る為に
始めて魔法を習った日から、今日で一週間が過ぎた。学校に通い始めて二週間目となる。今日も今日とて、教養の授業から魔法基礎理論の授業への流れとなる。
光明の魔法の授業を行った初日以降、実は魔法を実施する授業は行われていなかった。その日からはまずは魔法とは何なのか、種族の違い等の一般教養部分のお浚いとなった。私としては新しい世界の知識を得る大事な機会となり、胸が弾むままに授業を楽しんでいた。しかし途中でそうもいかなくなる。妖精とエルフの話になったところで、私は都合のいい実験体とされた。
何て言ったって、妖精で、エルフで、人間だからだ。
お兄様もそうであるはずだが、それぞれの特徴をお兄様は「実証して見せよう」と言いながら、私にそれを実施させた。例えば私と人間族のクラスメイトに目隠しをして、別のクラスの誰かに魔法を使わせる。それを私が精眼で見極めて誰が使ったかを当てる。もう一人のクラスメイトも誰が魔法を使ったか見極めさせるが、見当違いな人を指さすばかりだった。
または、光明の魔法を使用してどのくらい持続ができるのか比べられたりもした。これはエルフの魔力量を実証するために行われた。まだ使う事に慣れていないクラスメイトは五分が精々だったが、私はそのまま授業が終了してもまだ魔法の効果がきれることがなかった。
お兄様の意図により私の能力が実証されていくと同時に、クラスの人から尊敬と畏怖の念が伝わってきた。これでは私はクラスの馴染めずに浮いてしまう。私は授業中にも関わらずにお兄様を涙目で睨んで小声で恨み言を言った。
「これ以上はしたくない!私は皆と友達になりたいのに、嫌われたらお兄様のせいだ!」
そんな私を寂しそうな顔で見つめた後、皆にぎりぎり聞こえる程度の声量で、私にこう告げた。
「そうはいってもね、ベルトリア。僕達サンティス家の血筋は有名な話なんだ。この名を名乗るにあたって、妖精の血を引いていることは確実。そして僕達はエルフの血も引くファウスト家の血統でもある。これはね、もう隠しようのない事実なんだ。」
私はその時のお兄様の顔を忘れない。言い様のない程悲しくて、寂しい表情をしていた。誰もその孤独には寄り添えないのだ。この国で妖精とエルフの混血何て、私達しかいないのだから。私はお兄様のその一言で、隠された孤独とその意味まで推測するしかなかった。
あの場にいたクラスメイトの中で、表向きの隠された言葉を理解したのは数名だろう。裏の意味なんて気付くはずもない。だけど、同じ立場に産まれた私にはわかる。お兄様はこう言いたかったのだ。
『サンティス家の血筋を愚かだと思わせるな。ファウスト家の血を手玉に取らせるな。その血を他貴族に取り込まれるな。力を持つことを示し、己を守れ』
私達の魔力と寿命、そして妖精の瞳。これは下手をすると国を引っ繰り返すことが出来るパズルのピースとして扱われ兼ねない。しかし私達はこの国に収まるような器の一族ではない。
お兄様は家系魔法の授業で、それを匂わせてくれた。この国を守護し、監視する立場の一族であるという事を。私達はそれを担わなくてはならない。家族と友人を守るために。
私はお兄様に言われたその一言で、とりあえずここまでを理解し、目の前が暗くなった。私は不幸な人生を回避するためにこうして生きているが、こんなにも重大な責任を持つ家に産まれてしまったのだと落ち込んでしまったのだ。
前世のように、楽しくお気楽な人生を送ることはもうできないのだろう。いや、貴族に産まれた時点で無理なのだ。
私はそっと顔を上げると、申し訳なさそうに笑うお兄様の顔が見えた。
「ねえ、ベルトリア。僕達は今この場では良い教材になると思わないかい?だからここは一つ。実験台になろうか」
前言撤回。このクソ兄貴は悪魔だ。
この一言の後に小声で私にしか聞こえない声量で、「手を出したら恐ろしいと見せつけるんだ」と言うので、更にめまいに襲われることになった。
授業終了のベルが鳴る。私達は教養の授業道具を片付け、魔法基礎理論の教科書を手に持つ。
「しかしなあ、トリアのお兄さん強烈だよな」
ロイスが準備をしている私達にそう声を掛けた。アリアもクスクス笑いながら大きく頷く。
「わかるわ。だって、トリアの事を大切に思っているのに大事にしていないのだもの」
「え?」
私はアリアを思わず凝視する。私は大切にされているが大事にされていない。これはどういう事だろうか。溺愛されている事には自信があるぜ。でも大事にされていないとは思ったことは全くなかった。
ロイスは「やっぱり気付いてなかった」と笑う。それが何だか腹立たしくて、頬を膨らませてそちらを見つめる。
するとロイスは笑いながら、私に種明かしをする。
「大切で大事なら箱の中にでも入れて守っておくだろうさ。でもベルトリアはクラスメイトの前で実験と称して矢面に立たされ続けている。それが身を守るために大事であるかのように」
この子達本当に五歳かな。恐ろしいくらいに聡いんだけど、どうすればいいのかな。
私は曖昧に二人に笑いかける。但し意味が分からないという風でなく、分かっていて否定も肯定もしないよう心掛けて。
二人は一瞬表情を固めたが、すぐにいつもの顔に戻ると私の手を引いて授業へと向かった。
学校での授業も終わり、今日も今日とてお兄様と同じ馬車だ。
ガタゴトと揺れる車内ではお兄様も私も真剣な顔をて、膝を突き合わせている。
「…で、キャンベル兄妹にも自分の状況を伝えたい。そう言ってるのかい?」
お兄様の冷たい声色が私に突き刺さる。しかしそれに負けてはいられない。黙って大きく頷くと、私は口を開く。
「少なくとも、何かしらに感づかれていると思うわ。だってあの二人も五歳には思えない程賢いんですもの」
私がそう言うとお兄様は大きな息を吐く。
「それは僕もそう思うよ。でも、これは話さないほうが良いのではないのかい?」
お兄様の何かにすがるような視線がつらい。でもこれは何時か二人に伝えなくてはならないと思っていたことだ。
「今はそうかもしれない。でもいつか私は彼らに話すわ。」
そう断言した私を、お兄様は難しい顔で見つめるだけだった。