個人授業開始 2
――――昔々、ある所に人間と、精霊、妖精、エルフ達が手を取り合って仲良く暮らす土地がありました。そこでは皆が助け合い、お互いを尊重し、守り合いながら助け合いながら生きていました。その土地は精霊や妖精が多いためか、自然豊かで実りある美しい土地でした。その土地に住む皆は、国という形を取らずに村や町が交流し栄えていました。
――――実りある土地の隣にあるのは、高い山々に囲まれた自然を大切にしない王国でした。いつしか精霊や妖精たちも逃げ仰せ、その国では作物が実らなくなってしまいました。それに困った隣国の王様は、肥えた土地を持つ隣の美しい土地を狙う事にしました。
――――困ったのはその国に住む人間だけでなく、手を取り合った精霊、妖精、エルフ。狙われる由縁となった実り豊かな土地は、自然を愛するからこそ生まれる恵みであり、加護なのだから。彼らの手に渡ればあっと言う間に滅びてしまう。
――――そんな彼らを救ったのが光の精霊王に愛された、一人の青年でした。彼はその地を自然を愛する王国としてまとめ上げ、自らを王とし隣国に対抗しうる体制を作り上げました。手と手を取り合い、力を合わせた皆はその王に忠誠を誓い、この国が産まれました。
それがサージェント王国の始まりでした。
建国神話:神殿蔵書、絵本
◇◇◇◇
私は大きく溜息をつく。お兄様の悪戯に興味を引く前置きにワクワクしていたのに、ここにきての突然のお預けだ。気になり過ぎるから、もう血を継ぐ覚悟あるって事になんないかな。
そんな事よりもこの国の興りは三百年前といった。人間からしてみれば少なくとも十何代かは代替わりが行われる期間である。だが少なくともエルフからしてみたら生きている期間内の話だし、精霊、妖精は自然が無くならない限り死ぬという事象は起こりずらい。そうすると建国当初からの私達のご先祖様は、いまだご健在なのかもしれない。
え、でも見たことないし、私達のお父様が当主だよね?
私はお兄様をジトっと見つめる。その視線をさらりと受け流しながら、うふふと笑っている。掴み所の無い非常に憎たらしい笑顔だ。私に隠していることを今は微塵も匂わせない。
「そんなに見つめられたら、お兄様も照れてしまうかもよ?」
「少なくとも、私の知っているお兄様なら大丈夫」
「つれないなあ、我が妹は」
私は溜息を一つ零しつつ、お兄様を苦笑いで見つめる。少なくとも今はまだ教えてくれる時ではないようだから、その時を待つとしよう。そう思って改めて建国神話について考える。きっとお兄様が話した内容が伝えられているのは、私達のようにエルフや妖精、精霊の血を引く者だけなのだろう。だがそうすると数が膨大になるのではないか。
ほとんど人間だけれど、血の流れを引いている人もいるだろう。だがそれでは秘匿できない秘密になるのではないか。そういえばこの家の侍従はそういった人たちの宝庫だ。ならばお兄様の従者のケイは、知っていても可笑しくないのではないだろうか。
むしろ聡い人は気付いているのではないだろうか。
「この話、ケイは知っているの?」
私はお兄様に問い掛ける。お兄様は面白いものを見付けたような顔をして私を見る。
「どうして、そう思ったんだい?」
その顔を見て何かまずいことを聞いてしまったか不安になるが、ケイのあの灰色の髪色は私やお母様の白銀の髪色に似ている。そんな単純なことで、私は彼がエルフの血を引いていると思っていた。それにこの家の侍従や侍女にはその血を持つ者が選ばれるのだから、疑問に思っても不思議ではない。
「だってこの家で働いていて、灰色の髪の色をしているのよ?そう思わない?」
私は首をこてんと傾げてみる。お兄様は少し息を飲んだ後に、嬉しそうに笑う。
「ご名答だよ、ベルトリア。彼はエルフの先祖返りだけど、それでも彼は知らない。」
一通り笑い終えたお兄様が私に応えてくれた。現在認識されているだけで、エルフや妖精の血を引く貴族の家系はいくつかある。きっと彼はその血筋のどれかの出身なのだろう。
「ケイはエルフの血を引く。この国に堂々とエルフの血を引いているのはお母様の実家である、ファウスト家だけだ。その他にエルフの血を引いているのはその分家だけ。つまり彼はファウスト家の分家筋の出身なんだよ。」
なるほど、それ以上だ。まさか親戚だったとは。
つまりこの屋敷にいる、エルフや妖精の血を引く人たちは親戚の疑いがあるということか。今まで侍女やメイド、侍従だと思っていたから一線引けていたけど、これが親戚だと考えると申し訳ない気持ちになる。
私はうんうん唸りながら自問自答している。しかし眉間にしわを寄せていたようで、お兄様に眉間を指で突かれる。
「可愛い顔にしわを作らない」
「はぁい」
顔を上げるとお兄様の手には、今日授業で使った魔法基礎理論の教科書があった。いよいよ今日の授業の復習が本格的に始まるらしい。
お兄様はクスクスと笑うと、右手を翳す。その手の上にすぐさま光の玉が現れる。相変わらず優しい光を放っていて、心が洗われるようだ。
「お兄様の光、すごく綺麗」
「ありがとう。さあ、君の番だ」
私はお兄様に促されるまま、右掌を上に向けて声を出す。
「光よ、我を照らす灯となれ」
呟くと同時に光が私の右手からふわりと浮かび上がり、玉になって浮かんでいる。お兄様はニヤリと笑って私を見つめる。
「僕との違いを考えてごらん」
私はお兄様の手の光と自分の光を見比べる。お兄様の光の方が何だか、光の密度が濃いというか、明度は低いがしっかり照らされている気がする。それに引き換え、私の光はいまだ朧気である。
先程のお兄様は手を翳し、光の玉を浮かべていた。そう手を翳し…。あれ?
お兄様って、掛け声使ってないよね?いやいやまさか!
私は恐る恐るお兄様を見つめる。お兄様は口元を歪めると左手の上にも、無言で光の玉を出し両手でお手玉をし始めた。
私はある可能性にようやくたどり着く。
――妖精は、血で魔法を行使する。
ていうことは…。掛け声、要らないんじゃないかな。
嫌な予感と共に、右手の光を見て、左の掌を上に向けて光の玉を思い描く。すると明らかに丁度いい感じの光が左手の上にふわりと浮かび上がった。
それを見たお兄様が満面の笑みを浮かべ、両手を上へあげる。その瞬間に光の玉も宙へ舞い、花びらへと変化してハラハラと頭上から降りかかってきた。
「やあ、ようこそ。妖精の血を引く世界へ。思い描くままに魔法が使える嫌味な域へ」
お兄様が嬉しそうな顔で私の両手を掴み、ブンブンと振っている。そんなお兄様の様子は同じ穴の狢が増えたと喜んでいるだけに過ぎない。その証拠が皮肉に溢れたさっきの一言に現れている。何とも憎たらしい。
いや、それよりも。掛け声がないほうが私は魔法が使いやすかった。それなのにあんなに眩しい思いをして練習したのは何だったのか。
「ベルトリア、君は今昼の授業を思い出して腹が立っているかもしれない。だけど、以前伝えたはずだよ。妖精は、血で魔法を行使するのだと」
お兄様の揶揄うような口調に、私は苛立ちを覚える。何だとこの野郎。絶対これも悪戯の一つだ。
私は確信を持ってお兄様へと視線を向けると、憎たらしいほど満面の笑みでこちらを向いていた。
「あえて伝えてなくて、ごめんね?」