個人授業開始 1
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家族団欒の昼食を終えると、今日からお兄様による家系魔法の授業がいよいよ始まる。私は自分の部屋でノートと、お父様から貸してもらった妖精の血を引く家系についての本を持っていくことにした。机の上に置いてあるのは精眼についてまとめられているあの本だ。その横には未使用のノートと羽ペンとインク。私はそれらを重ねあげる。
妖精の血筋。計り知れない影響力を秘めていることは、何となくわかる。一つの能力だけでなく、どの妖精の血を引くのかで能力が変わるのだ。自分に受け継がれた能力を知り、上手くコントロールする必要がある。私は一番上に重ねた本の表紙を撫で、改めて精眼のページを開く。自分が見えているこの世界と、ベルトリアの見ている精霊の世界。まずはここから理解を深めていこう。
でないとベルトリアの視界がチカチカとカラフルで光っていて、煩くて仕方がない。なるだけ早く、出来れば今すぐにふと切り替わるベルトリアの視界のチカチカをコントロールしたい。
私はまとめた本を両手に抱え、インクと羽ペンをその上に乗せると、今日の授業が行われる中庭に面したサロンへと向かった。
階段を駆け下り、アニーとすれ違う。アニーは笑顔で「お嬢様、頑張って下さい」と声を掛けてくる。その笑顔にこちらも全力で笑顔を送り返す。その瞬間にアニーが顔を真っ赤にし、口をパクパクさせていたが私はそんな恐ろしい顔になっていたのだろうか。これは表情を作る練習が必要かもしれない。
そんな事を考えながらサロンの扉をノックすると、中からお兄様の声が返ってくる。私は戸をそっと開き中へと入る。
一階の中庭に面した広々としたちょっとしたスペース。談話室とは違い、お茶会にも使われる美しく飾られた部屋だ。我が家のサロンも例外ではなく、お母様が主催するお茶会でも度々使われることがある。その為、この部屋はお母様の趣味で固められている。白を基調とした床や家具、シックで落ち着いた雰囲気のテーブルに、ランプがあり、そしてクリーム色に金糸でバラの刺繍がしてあるソファ。
壁には名画と謳われる風景画が飾られ、この部屋に色味を持たせている。壁際に置かれた棚には、花々が花瓶に生けられている。
「やあ、ベルトリア」
「お兄様、よろしくお願いします」
私達は互いに目を合わせて挨拶をする。午前中の喧嘩はさて置き、今からは魔法の授業だ。自分の能力を知るいい機会でもある。
ゲームの中のベルトリアはみみっちい嫌がらせをしている以外の描写が少なく、美少女であること以外の情報が少ないのだ。つまり自分の行く末は分かっていても、自分が何をできるかが分からない。その為選べる手段が知識の中では必要以上に少ないのだ。
「さて、今日は家系魔法の授業を始めようと思うけど、始めてしまってもいいかい?」
お兄様はイタズラな微笑をこちらへ向ける。ソファに座ったまま紅茶を片手に笑うその姿は、まさに妖艶に美しいものだ。絵になるとはこのことを言うのだ。
「ええ、大丈夫!」
私は意気揚々と返事をし、向かいに腰掛ける。すぐさま部屋の隅に居たケイが紅茶を注ぎ、私の前に置く。
「ありがとう」と感謝を述べると、柔らかく笑顔を返してくれる。彼の灰色の髪色が光を反射し、白銀の髪を思わせる色を放つ。彼は小さく礼をすると、すっと音もなく部屋から退出した。これから行われる授業は家系の秘匿であるから当然の行動だ。
「それではベルトリア。今日の学校での復習から始めるとしようか」
お兄様の鶴の一声で私は今日の魔法基礎理論へと、頭を巡らせる。お兄様は今日説明した事の復習として、授業を更に簡略化した内容を説明してくれる。
「授業でも話したが、魔力とは人それぞれが産まれ持った能力であり、生命力のようなものだ。これが多いのがエルフ。魔力の塊が命を持ったのが精霊や妖精。だから彼らは長寿で、生命力に満ちている。ここまではわかるね」
私は深く頷く。お兄様は満足げに手を組むと、その笑顔を私に再び向ける。
「結構。それじゃあ、家系魔法が家系魔法たる由縁は分かるかな」
家系魔法たる由縁。それはそれぞれの家系で似た系統の魔法を引き継いでいるから。ならば何故家系で引き継がれるのが、その系統であるのかという疑問に行き着く。血筋の始祖たる魔法使いが、その属性に強かったのかな。でも人間の持ちうる魔力では、長年遺伝として伝わる程の強い影響力は持ち合わせないはずだ。となると残るは妖精や、エルフといった存在の介入だ。
私はお兄様の顔をじっと見つめる。これらの考えが正しいのか、それは分からないがお兄様は訳知り顔でニヤリと口元を歪めるばかりだ。
きっと私の考えた範囲では足りないのだろう。貴族の祖先に妖精やエルフの介入だけでなく、そもそもの国の成り立ちとしてそれらの存在の介入があったのではないか。そう考えると正解に少し近付いている気がする。
私の思い至った考えに、興味を持ったのかお兄様が私に答えを促す。
「家系魔法が家系魔法たる由縁は、国の成り立ちに精霊や妖精、エルフが介入している可能性があることが一点。そして、貴族の始祖に妖精…いや、精霊の介入があったんじゃないかな」
国の成り立ちの私達の祖先に妖精が絡むと、絶対この国は立ち行かなくなっているだろう。自然を愛し、それに愛され博愛の精神を持つ精霊の介入があったと私は予想した。顔を上げるとお兄様が満足げに笑っていた。
「少し正解だ、ベルトリア。この国の成り立ちは多くは神殿に伝わる言い伝えとして語られているが、実際の成り立ちは秘匿されている。それは私達貴族が人間という枠組みから逸脱してしまう証拠にもなりうるからだ。」
お兄様は自分のすぐ脇に置いてあった一つの古ぼけた本を私に手渡す。表紙にも裏表紙にも何も書かれていない、羊皮紙に書かれている本は随分な厚みを誇っている。
「お兄様、この本は?」
「この本は所謂神話について載っている本だよ。ただ、民間に伝わっている話とは違う点もある実話の本だ。」
私は首を傾げる。何故この本が実話だと分かるのだろう。お兄様は私の手から本を受け取ると、パラパラとページを捲る。子気味のいい音が耳に届く。私はお兄様へと視線を持っていき、再び本へと戻す。
「この本はサンティス家の隠された本だ。国が興った時に当主であった男の所謂日記だね」
お兄様の言葉に私は驚く。そんな古いものが残っているのか。私はワクワクしながらもお兄様の目を見上げる、その瞬間、ふわりと嫌な予感が降ってきた。予感がする程度の話ではなく、確信だ。私はこの話を続けて聞いたら、平凡な日々を諦めなければいけない事を悟る。これはただの昔話ではなく、家系に秘匿された話の根幹たる部分だ。
この話を聞けば平凡を捨てなければならないが、何故だかしっかりこの話を聞かなければならない気がした。自分の表情が抜け落ちていくのを感じるが、それでも真剣にお兄様を見つめる。
意地悪く私を見ていたお兄様も、表情を引き締め「この先他言してはいけないよ」と話を始める。
「この国として成立したのも精々、三百年と少し前の話だ。正直我がサンティス家の血はそれよりも古くから脈々と受け継がれてきた。お母様の血筋であるファウスト家も同じだ。私達の両親の家はこの国に属しながらも、この国を見守り、守護し、そして監視している」
自分の目が大きく見開かれているのが分かる。この国の興りより自分の家系が古い。つまりは王族より確かに長く、血を繋いできたという事だ。それはお母様の実家であるファウスト家も同じ。
話が急に壮大になってきて、自分自身の予想していた授業内容とも逸脱してきた。自分の頭が混乱を始めているのがわかり、私は一口紅茶を飲む。
グチャグチャに湧いてきていた疑問が、紅茶と共に喉を流れ落ち着いていく。私が落ち着くのを待ってお兄様が再び話を始める。
「私達の祖先は、この国を作ることにした精霊、妖精、エルフたちだ。そこの根幹に関わるのが古代魔法。魔法が栄に栄えた時代であり、退廃した時代でもある。そんな時に国が出来た。この日記にはその当時の事が子孫に向けて綴られている。これは血で書いた文章であり、魔法を使った暗号文でもある。これは子孫である僕達にしか読めないモノなんだよ」
お兄様はそう言うと、再び私に日記を掲げて見せてくる。でも今度は手渡す気がなさそうだ。
「次にこれを渡す時は、ベルトリアにこの家系の血を引く覚悟ができた時だ。」
お兄様はそう言うと本をそっと、自分の隣に置いた。