可愛くない悪戯
お兄様にしてやられた。あっさり兄妹だとアピールしてくれたお兄様は、恨めしいほどの得意顔でこちらを見ている。
私の兄妹ってバレずに、ゆったりのんびり過ごす学園生活の計画は終わりを迎えた。これで私の成績が良くって贔屓だとか、ズルをしたなんて思われて反感を買う未来へ突入したらどうしよう。無事に悪役にならずに、嫌がらせとかもする必要なく生活ができるのだろうか。考えるだけで漠然としていた未来への恐怖が、形と色を持って迫ってくるのを感じる。
「お、お…」
思わず握りこんだ手が震える。私が不意に、声を震わせながら言葉にならない声を出しているものだから、教室が一瞬で静まり返る。
「お?」
ロイスが首を傾げながら、訝しげに私の顔を覗き込む。
キャンベル兄妹は私が何となくお兄様との兄妹という関係を、周知の事実にしたくない事には気付いてくれていた。だけどもお兄様の悪戯によって、クラスに知れ渡ってしまった。サンティスという家名はこの国には一つしかない。つまり縁者であることが否定できない事実であり、尚且つお兄様は妹がこのクラスにいることを公言されている。誤魔化すことが不可能なのである。
私は勢いよく顔を上げ、お兄様を無表情に睨みつける。これにはお兄様も流石にやり過ぎを悟ったらしく、笑顔が凍り付いている。
「ベ、ベルトリア…?」
お兄様の慌てた声色で、名前を呼ばれる。私はそれに対して何も返事をせず、唯々じっとその目を見つめる。お兄様はさらに慌て出し、顔から笑顔の仮面が剥がれていく。それでも私は意識して表情を動かさないままだ。
アリアとロイスが、息を揃えたかのように同時に少し離れる。私はそれでも表情を変えず、お兄様だけを見つめる。クラスメイトも空気を察知したのか、静まり返りこの成り行きを見ている。
「お兄様」
私は静かに、凛とした音をイメージして声を発する。
「はい!」
お兄様は反射的に姿勢を正し、こちらの顔色を窺っている。そんな彼に私はいよいよ声を掛けることにした。
「ねえ、馬鹿なの?いや、確定馬鹿じゃん。」
「ぐっ…」
急な馬鹿連呼にも、お兄様は甘んじて受け入れてくれたようで大人しく悲しげに私を見つめている。そんな顔にも騙されません。イケメンが何しても許されるわけではないのだ!
「今回の悪戯、笑えませんわ。」
私は静かに口元にだけ微笑を浮かべる。口角を上げただけのそれは、誰かが息を飲むほどの迫力があったようだ。
「…怒ってる…よね」
「当たり前よ、お兄様」
先程までの自信たっぷりな教師の仮面はどこに行ったのだ。何だかこちらも情けなくなってきた。おい二十五歳。五歳の妹に怒られる気持ちはどうだ。
私は一つ溜息をつくと、滲んできた涙をそのままにお兄様を見つめ返す。流石に目を潤ませた姿には周囲がざわついてくる。
「秘密にしてって、空気出してたよね」
「うん、わかってたよ…」
「…信じてたのに」
「ご、ごめんっ…」
お兄様は教室のこの居た堪れない空気をどうするか悩みつつも、大人びた妹の突然の子供のような行動に混乱している。私が死ぬかもしれない未来へ向かっていて、回避しようと必死になっているのに何て御目出度い奴なんだ。
私は机の上の荷物を手早くまとめると、アリアの手をぐっと掴む。アリアは戸惑いながらも私の行動に付いて来る行動を見せる。
そこで慌てた様子でお兄様は私の名前を呼ぶ。私がもう一度そちらに視線をやると、お兄様がもう目の前まで歩いてきていた。私は涙をぐっと拭い、教室を後にしようと立ち上がる。その肩をお兄様の手が、そっと掴んでくる。優しい手なのに力が強くて振りほどけず、恨みがましく睨みつけてしまう。
そんな私の顔を見て、お兄様は少し微笑む。
「ベルトリア、聞いて。大丈夫なんだ。」
お兄様が一瞬、何を言っているのか分からなかった。
何が大丈夫なのか。バタフライエフェクトだぞ、未来がどうなるのか誰にも分からないんだ。そんなに簡単に攻略キャラクターとの関係性を公にして、未来が悪い方向に向かってしまったらどうするんだ。
ん…?誰にも未来がわからないことはない。あれ、私のお兄様って未来視できたよね…。あれ、じゃあこの言葉の意味ってつまりそういう事なのか。
「明るいの?」
私はお兄様に小さな声で確認する。すると再び得意げな顔をしたお兄様が、肩を掴んでいた手を頭に持ってきて撫でてくれる。
「明るいんだ、だから大丈夫」
クラスメイトやキャンベル兄妹は不思議そうな顔をする。意味が分からないであろうこの会話。でも私たち家族にはこの曖昧な会話で十分に通じる。再び口を開こうとする私に口を、お兄様がそっと指で摘まんで黙らせる。
「可愛い妹、これ以上はまだ内緒だ」
私はほっぺを膨らませ、拗ねた顔を作る。何故かこれをしなければならないような気がしたのだ。その顔を見てお兄様は非常に満足そうに、口元を歪める。
くそう、これが妖精の願いか。今私は拗ねるように願われていたのだろう。やっぱり掌の上なんだ。悔しくてたまらない。ますます涙目になりながら、頬を膨らませて本格的に拗ね始めた私を見て、周囲はなんだか和やかな空気に変わっていく。
そんな私の頭を愛おしそうにお兄様が撫でる。ロイスとアリアも苦笑いしながらそれを見つめていた。
だが私はその時気が付かなかった。
普段無表情の私が表情をコロコロと変えながら、クラスメイトの前にずっと晒されていたことの影響を。残っていた生徒のほとんどが、男女関係なく頬を朱に染めていたことに。