溺愛
明けましておめでとうございます!
今日里から帰って来れたので、また投稿始められます。
今年もよろしくお願いします。
今日からこの世界の醍醐味、魔法の授業の始まりである。
前世の世界では存在しなかった魔法という存在が、こちらの世界では当たり前のように息衝いている。属性魔法以外の魔法は庶民でもそれなりに使える為か、家事や仕事といった生活の中に浸透している。
平民でも魔法が使えるのか。それはもうバッチリとは言いませんが使えます。何故ならば生きとし生ける者全てが大なり小なり魔力を内包しているから。平民は生活魔法にはさほど苦労がない程度には魔力を有しており、貴族はその比じゃないくらい魔力量が多い。そして、その中で魔力の量が多く問題なく行使ができる者が、中等部からこの王立アドリアス魔法学校へと編入する流れとなる。
これはゲームの説明として私が覚えていた知識である。軽くこの基礎魔法理論の授業の前置きに触れるような知識だ。教科書の冒頭にはこの事をややこしく、遠回りに、大仰に文章化したものが書かれていた。教科書は予習しているのだ、偉いだろう。
だが今はそんな事はどうでもいいのだ。目の前のこの馬鹿兄貴をどうにかしなくてはいけない。
「トリアのお兄様…、そろそろ降ろして差し上げて?」
アリアが申し訳なさそうに、うちの馬鹿兄貴を見上げている。手には先程ばら撒いた教材を持ちながら、落ち着かなげにしている。
そう、まだ私はお兄様の腕の中にいる。先程と違ってお兄様は教卓のイスに腰掛けているため、悪目立ちはまだしていない筈だ。教室には生徒が集まりつつあり、ロイスとアリアがうまい具合に隠してくれているためにまだバレてはいない。
「お兄様、お願いです」
私からも小声でお願いしてみるが、ウルウルした寂しげな瞳で見られてそれが叶わないでいる。
「可愛いベルトリアに変な虫を寄せない為なのに」
お兄様はひどく納得がいかない様子で、まだ数人しか集まっていない教室を見渡す。まだこちらに注目している生徒はおらず、各々集まって教科書を開いて、雑談をしている。
ロイスは一つ息を吐くと、お兄様の目をじっと見つめる。その瞳を拗ねたように見据えつつお兄様はロイスに言葉を促す。
「なんだい?」
「これ以上は、ベルトリアが逆に注目されてしまいますよ」
ロイスが機転を利かせた言い方で、反撃を試みる。しかしそんな事は当たり前に考えているのがお兄様。
「それでも教師の妹であるほうが、いい虫除けになると思わないかい?」
それを言われれば子供には立つ瀬がない。私は意を決して、家族の中で切り札となり得るセリフを言う覚悟を決めた。
私はお兄様の私を撫でている手を掴む。お兄様が嬉しそうにロイスから私に視線を移す。あまりにキラキラしたその瞳に、決意が一瞬揺らぐが歯を食いしばりその視線を強く見返す。
「今、降ろしてくれないと、嫌いになる」
あまりにしょうもない一言である。だけど何故だか私を溺愛する傾向のある家族には、効果が覿面に出る魔法の言葉である。
お兄様も例外ではなかったようで、ピシっと石のように固まると顔色が白くなっていく。
「そんな、昨日初めて存在を知った可愛い妹にもう嫌われるなんて耐えられない」
お兄様は震える声で、そう呟くと私をそっと床に降ろす。私の作戦勝ちだ。お兄様は両手でそのまま顔を覆うと、絶望した表情を浮かべる。まるで百面相のように短時間にここまで感情に表情が揺れていて、貴族が務まるのか心配になる。薄々気付いてはいたが、この人は表情が欠如している私とは対照的に表情豊かだ。実に羨ましい。
「逆に昨日存在を知った妹を、もうここまで溺愛されているのですね」
「それもそれで凄いな。分からんでもないけど」
アリアとロイスが引いた顔で、お兄様を見つめている。冷めた視線を送られていても、お兄様は気にもしていない。私も少し溺愛具合が気になるけど、この人にとって私は妹であり研究対象なんですよ!純粋な家族愛だけでは無く、下心満載の愛ですよ!そんな残念なモノを見るような顔で、見つめないで上げて。イケメンなのに可哀そうよ!
「もう降ろしてくれたから、まだ嫌いじゃないよ」
私はここで救済措置を取る。私の一言でお兄様の頬に一瞬で朱が差し、潤んだ瞳でこちらを嬉しそうに見つめてくる。
「本当かい、ベルトリア!」
再び抱き着かんばかりの勢いで私に迫るが、ぐっと耐えるような表情に変わり不安げな表情で私見つめる。
「ええ、お兄様。今も耐えてくれたし。学校ではあまり過度なスキンシップはやめてね」
私はにこやかな表情を目指して微笑む。目の前のお兄様の表情が一気に華やいで少し頬が染まって、大きく頷きかける。でもその時に私の言ったセリフが頭に浸透してきたようで、一転暗い表情へと変わっていく。
「…善処します」
お兄様の小さな一言で、私は思わずクスクスと声を出して笑ってしまう。喜怒哀楽が分かりやすく、自分の兄なのにとても可愛く思えてしまう。イケメン恐ろしい。
笑いが治まって顔を上げると、双子と兄が口を開けてこちらを唖然と見ていた。
「…これは危険だね」
「…同意する」
「これは最早罪だよ、誘拐されたら…」
ロイスとアリアは何やらコソコソと内緒話を始めたが、何を言っているかまでは聞こえてこない。お兄様に至ってはブツブツと不穏なことを口にしながら、真剣な表情で何かを悩んでいる。
先程とは打って変わったような状況に戸惑いが隠せないでいると、三人が目を見合わせ私に向き直る。
「トリア、絶対に一人になってはいけないからね」
「不用意に笑っても駄目だよ」
「知らない人について行かないでね」
お兄様が私の肩をしっかりつかみながら、そしてその横から二人にも忠告される。三人のあまりにも必死な形相に、私は黙って頷く事しかできなかった。
なかなか授業が始まってくれない…