精眼
謎に繰り返されている箇所がありました…
読みにくいものになっていて申し訳ありません。
感想で教えてくれた皆さまありがとうございます!!
全く気が付きませんでした…
「あの時は本当にマルガレットを守るのが大変でね」
「そうなのね、じゃあ話を戻しても」
「僕の時も大変だったんだよ」
「お兄様も苦労されたのね」
どれだけ躱してもキリがない。この話題に入ってすでに三十分は経過している。
大幅に本題から外れた話題はなかなか元には戻らず、私の軌道修正は続いていた。二人は代わる代わる過去の苦労を語ろうとして、私からのぶった切りに合っているのに全く懲りない。
お母様は人形令嬢としてその美貌も騒がれて、婚約者となったお父様は男を散らすのに苦労した。またそんなお父様にも令嬢が近づくしで、散々な学生生活となったようだ。
お兄様はお兄様で、女性に追い回され媚薬を盛られたりして大変な思いをしたらしい。そんな現実知りたくなかったです。
「これはベルトリアにも関わる事なんだよ」
「むしろ君だからこそ、先人の知恵だと思って聞いていて欲しいのに」
今私は、二人に責め立てられるように力強く説得されています。いつの間にかお兄様も私の隣に腰かけており、男二人にサンドイッチのように挟まれている。大人二人に挟まれて説得されているのも怖い図であると思うの。
だって、私まだ、五歳だよ?
何だか凄くイライラしてきた。どうして今起きてもいない事で私がこんなに、責められているのだろうか。少なくとも私今は悪くないと思うの。生きているのだから表情くらい出たっていいじゃない。苦労話を聞いても高等部の話は今私に関係ないよ、初等部だもん。
苦笑いで聞き流していることが気に食わないのか、段々ヒートアップしてくる二人に私の我慢の限界が近づいてくる。
知ってる?堪忍袋ってちゃんと緒があるんだよ。私の堪忍袋の緒は物凄く、切れやすいんだ。
ベルトリアが私を落ち着けようと慌てているのが分かるが、これにはそろそろ限界が近づいているので仕方があるまい。
「そんなこと!!今は!!どうでもいい!!」
勢いよく立ち上がってお父様とお兄様を怒鳴りつける。ぎょっとした顔で驚く二人を冷めた目で睨みつける。生まれ変わってから大声を上げるのは、実はこれが初めてだが思った以上に大きな声が響く。この小部屋は窓もない密室だ。やたら私の声が反響する。
そもそもこの二人は私が怒らないとでも思っているのか。人間誰でも感情があるのだ。ここまで人の話を無視してくれたのだから、たっぷりお礼はさせてもらおう。
私はお母様を思い浮かべる。静かに怒りをたたえた時のあの笑顔を真似しよう。
にこやかに、そして嫋やかに微笑を二人に向ける。ひゅっと息を飲む音が聞こえる。これはお父様のようだ。お兄様は私に誤魔化すような微笑を向けて無駄だと悟ったようで、自分たちがやり過ぎたことを理解したらしい。
「今、私が必要としているのは精眼についての知識です。貴方達の苦労には欠片も興味がないわ」
そう断言する私に二人は肩を竦め、首を垂れる。
「それに私、まだ五歳なの。睡眠がどれだけ大切か分かっていて?」
首をかしげて笑顔の圧を掛けると、二人はさらに背を丸めて小さくなる。
「さあ、始めましょう。ねえ、お父様」
お父様の目を下から無表情に覗き込むと、お父様は幽霊でも見たかのような顔色になる。「ベルトリアがマルガレットに似てきた…」なんて呟いたって許しませんわよ、おほほほ。
本棚の戸がガタっと揺れる音がして、家令のダンディなおじいさんが入ってくる。
「お話がそろそろ始まる頃かと思いまして、お茶をお持ちしました」
何とも良いタイミングで入ってきたこのおじいさん。彼の名前はウィルフレッドというらしいが、何故かおじいさんと呼ばれるのを好む好々爺だ。
「ありがとう、ウィル」
お父様が明らかに助かったというような表情で、彼から良い香りの紅茶を受け取る。私の前にも置かれたそれは、どうやら少しハーブをブレンドしているらしく爽やかな香りが気持ちを落ち着けてくれる。
「お父様、脇道はもう十分。精眼について教えてください」
私はわざとらしい笑顔を浮かべる。無表情と足して二で割って、きっと丁度良いくらいに私は微笑ができているはずだ。
お父様はさらりと目をそらすと、机の端に置いていた本に手を伸ばす。それを合図のようにウィルは部屋を出ていった。
「この本には精霊についての事が記されていて、その中に精眼について載っている。まずこれをトリア、君に貸そう。あとでじっくり読んでみるといい」
お父様は青い背表紙の本を私に渡すと、すぐ下に置いていた赤い背表紙の本へ手を伸ばす。
「こちらの本には精霊の血をひく者についての、特徴が書かれている。血の影響は人それぞれ違うからね。これを参考に自分の能力について制御を学ぶんだ」
お父様はその本をお兄様に渡すと、にっこりと笑う。
「これは家系魔法の勉強に役立てるように。」
お兄様は心得たとばかりに頷くと、本を受け取った。お父様は満足げに二度頷くと私に向き直る。
「さて、“精眼”についてであったね。精眼とは妖精や精霊が持つとされている、魔力を見る瞳の事だよ。妖精や精霊の血を持つ内の少数が発現出来る能力でもある。」
お父様は概略から説明してくれるようで、夕食時の説明を捕捉しながら話してくれる。
「この瞳を持つ者でも、見える範囲に違いがある。つまり人によって何が見えているのかが全く違うという事だ。ちなみにお父様もルーも精眼を持っているけど、ルーよりは色々多くが見えているはずだ。」
お父様はお兄様に視線を向ける。お兄様は頷いて、話を引き継ぐ。
「僕に見えているのは精霊や妖精の魔力の輝きのみだ。魔力の残滓は魔法行使直後でない限り、残念ながら見ることができない」
お兄様は菫色の瞳をこちらに向けると、私に目を見つめているように言う。お兄様の瞳がキラキラと宝石のように光を反射し始める。目の中に宝石があるみたいで、神秘的な美しさがある。
「精眼を使っている時は瞳がこんな風に輝く。とても綺麗で、宝石のようだと比喩されるけどこの輝きを手に入れたがる人も多い。周りの人にばれないように使うんだ、約束だよ」
お兄様は真剣な顔で私に淡々と約束を取り付ける。
私は深く頷くと、お兄様の言葉の意味を考える。この瞳を手に入れるというのはどういう事だろうか。結婚とか手籠めにして手に入れるという事なのか、もしくは目を抉り出すという事、なのだろうか。
家系魔法は秘匿される部分が多い。それがなぜ秘匿されているのか、他の家にばれないようにされているのか。血筋を守る為だけではなく、命を守る為でもあるのだろうと合点がいった。
魔法で無双だ、なんてテンション上げている場合ではない。この世界の知識を、魔法についての理解を、自分自身についてを、貪欲に学ばなければいけない。
ぐっと顎を引くと、姿勢を正して傾聴の姿勢へと入る。お父様とお兄様はそんな私を見て、満足げに笑うのであった。