ある侍従の独白
俺の仕える主人は、優男で軟派なルーファス・フェアリア・サンティス様。この家は侯爵家で当主はイアン・フェアリア・サンティス侯爵。俺の主人はその嫡男に当たる。軟派な色男で、望むも望まないも視線を集めて生きてきた方だ。当主のイアン様も奥様のマルガレット様も大変な美人で、まるで幻想的な御伽噺の世界から飛び出してきたかのようだった。その輝かしさは美しいという言葉が陳腐に感じてしまうほどだ。
ルーファス様は、イアン様と同じ薄金の髪を持ち、マルガレット様と同じ菫色の瞳を持っていた。初めてお会いした時はまさに絵画の世界から浮かび上がったような、力強さと美しさを醸し出していて形容し難いほど輝かしく感じた。専属となって関わりが密になる程分かってきたのは、彼は中身は普通の青少年と同じ、気安く声を掛けてくれる、冗談の好きな優しい青年だということだった。そして周囲から特別視されるあまり、心を開く相手がなかなか居ないのが悩みの孤独な生活を送っていた。
俺の主人は産まれた頃から、人間離れした美しさを持っていたようで、各方面から婚約者へ望む声が途絶えなかったという。それもそのはずで、この主人はエルフと妖精の血を引くのだ。美しくない訳がなく、人目を散々に引き付けるのだった。
俺は数代前に少しだけエルフの血が入った家系に産まれた先祖返りだ。その他にも妖精に魅入られた所謂“妖精付き”と呼ばれる人間や、精霊が付いた状態の“精霊付き”といった人間もいる。
俺の家はエルフの血がいつ入ったかも明言できないほどに弱い、弱小貴族だった。その為この先祖返りの身も母の不貞の証拠と蔑まれてきた。その時この身を引き受けてくださったのがまだ学生の当主様だった。魔力が落ち着くのに数年かかったのに、俺の見た目はほとんど変化がなく、年を重ねるのが遅くなったのだと理解した。当主様は笑顔で大丈夫だと俺に声を掛けてくれた。そんな当主様は俺を置いてどんどんと年齢を重ねていった。
その後、当主様がご結婚なされてしばらくしてルーファス様が産まれた。俺はその時成人を迎えたが、見掛けの年齢は十五歳を過ぎた頃程度であった。当主様は成人後から年齢が変化なく、どんどん俺が追い付いていくのが分かった。
実際のこの時俺の年齢は二十後半に差し掛かっており、この次期当主のルーファス様をどこまで見守ることができるのか悩ましかった。しかし俺も先祖返りが強かったようで、ルーファス様が成人した頃に、俺の見た目も同じぐらいに成長した。実年齢と見掛けが倍以上離れたのには笑ってしまった。
ルーファス様は家系魔法をご両親から教わるにつれ、古代魔法への興味を抱かれていった。明るく社交的だった青年は、今ではすっかり魔法省の本の虫であり、生きた化石と呼ばれるほど動きの無い存在となり果てた。
そんな時だった。
ご両親からの呼び出しがあったと、ルーファス様は慌ただしく準備を始めていた。いつもはこんなに慌てることもなく、必要最低限の荷物のみ持ち出すのだが今回は違う。
「ケイ、僕の荷物を粗方まとめておいてほしい」
どういう風の吹き回しだろう。
ルーファス様がこの王城の寮を出ようとなされているように感じた。
「君が感じていることに間違いはないだろう。己の勘を信じなさい」
俺は恭しく頭を下げ、準備に取り掛かるが驚きが隠せなかった。ルーファス様は自身の研究を鞄にまとめて入れている。
「ルーファス様、何故そのように機嫌がいいのですか」
俺は気付いたら声を掛けていた。
「ん~。妖精の血が未来を見せたんだ。とても幸せなことが起きるよ」
ルーファス様は笑顔でそう答えられた。
この景色が本当の景色とは思えなかった。
美しい夕闇に染まりつつある花々に、妖精のように美しい青年と少女が佇んでいた。青年の薄金髪は夕日を反射し輝かんばかりだ。その隣の少女は白銀の髪を夕日色に染め、キラキラと輝かせながら風になびかせている。
見たこともないような清純な景色で、あまりに美しく声を掛けるのを躊躇ってしまう。
俺は気を取り直して、深呼吸を繰り返す。中庭の二人はこちらに視線を向けることなく楽しんでいる様子で、本当に今日が初対面なのか疑うほどであった。
「ルーファス様、ベルトリア様。ご夕食のようですよ」
窓から外に出て二人に声を掛けると、二人は仲良くこちらへ向かってくる。仲睦まじい姿を見ていると、在りし日の孤独に肩を震わせていたルーファス様を思い出す。今度こそ彼は孤独を脱したのかもしれない。自分と同じ、妖精とエルフの血を引く特異な存在に出会って。
あまりにルーファス様が幸せそうな表情をしているため、たった五歳の少女に何かされたのかと警戒を抱いてしまう。この少女は赤の滲む白銀の髪を、夕日に染めながらこちらに歩み寄ってくる。
「長年一人っ子だったルーファス様が、ついさっき知った存在の妹にここまでメロメロになるとは思わなかったもので…」
思わず揶揄いの言葉と主に、警戒を向ける。少女はこちらの警戒に気付いた様子で、非常に聡いのが手に取るように分かった。
「改めまして、ベルトリアと申します。お兄様をいつも支えていただき、ありがとうございます。今後とも、よろしくお願いしますね」
若干挑発的な彼女の挨拶に、思わず息を飲む。表情の薄い奥様に似た顔で、僅かに微笑むその姿はまるで天使のようだった。儚げに佇むその姿は庇護欲をそそり、甘く美しく此方の心を溶かしていく。
「なんなんだ、この存在は…」
思わず口から洩れた声は彼女には届かなかったようだが、ルーファス様がニヤリと笑ったのを見ると唇の動きを読まれたようだ。
あまりに他意なく自然と手を握られてしまい、その可憐さに敢え無く陥落する。この方は敵ではない。それは始めから分かっていた。この方を守り、ルーファス様の心を守ろう。
ベルトリア様に顔を向けると、まるでガラス細工のように繊細な表情で微笑みを浮かべていた。
「反則だろ…」と呟かずにはいられないほど、ありえないほど美しく繊細な彫刻のような存在であった。ベルトリア様がわざとこのような行動をとったことも分かっているが、これは俺の負けだ。ルーファス様の敵にならない限り、この方を守ると心に決めた。