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家族になろう

二話目です。


目が覚めたのは夕方だった。

アニーが私が起きたタイミングで来室し、両親に伝えに戻っていく。どうやら数時間だけ寝ていたらしい。

胸に残る温かさと寂しさを、しっかりと噛み締める。私は二度とあの世界には帰れない。その代わり一生のパートナーを得たのだ。彼女は私を一人にできないし、一人になることも出来ない。文字通りの一心同体なんだ。

胸に手を当てベルトリアの存在を感じようとして、ふと気づいた。昼間よりも繋がりが深くなっている。昨日の出来事で離れていた魂の結び付きが再び、少しだけ強まったようだ。これはきっと、互いを認め合い、受け入れあったからだろう。


その時ノックの音が響く。返事を返すと少しだけ戸が開かれひょいと誰かが顔を出す。

「トリアちゃん、大丈夫?」

「お母様」


お母様が扉から顔を覗かせ、不安そうにこちらを見ている。私の元気そうな姿を見ると安心したように微笑み、私のベッドまで歩み寄る。

「トリアちゃん、ごめんね」

お母様の突然の謝罪に驚いたが、昨日の取り乱したフリをした場面のことを言っているのだろう。

「大丈夫ですよ、お母様。私も貴族の娘ですし、言葉の駆け引きと手玉に取る手段は身につけなくてはいけないわ」

私の言葉にお母様は少し驚いた顔をしたが、そのまま小さく頷く。お母様は全然普段表情が読めない。一見して無表情の仮面を装っているが、僅かな微笑みを纏っている。これが社交会でのお母様のデフォルトであり、ベルトリアが受け継いだものでもある。それでも出先でや駆け引きの際にお母様は大袈裟に感情を表現することもあり、これの方は基本演技であることが多い。私もこの手段を身に着けたいと思っている。


「――それだけじゃないわ、貴女達の結び付きを離してしまったことも、心に負担を与えてしまったことも」

お母様はベッドの脇のイスに腰かけると、そっと包むように私の手を握る。私はその手を握り返す。五歳の小さな手では、何も掴めないし慰めにはならないだろうが、それでもお母様を見つめる。

「大丈夫、お母様。私にはベルトリア、ベルトリアには私が一生ずっと一緒だから」

お母様は顔を上げると、この上なく悲しそうな顔をする。あ、今絶対言葉が足らなかった。お母様達は必要ないと捉えられても仕方がない言い方だ。

「私は一人ではないとベルトリアに教えてもらったの。私の記憶は二人の記憶だと。だから私達は二人で一人、私が忘れてもベルトリアが忘れないと。私達には家族が二つあるのだと」

お母様は訝しげな顔で私を見つめる。

「私はずっとお母様やお父様を、“ベルトリアの親”と思っていたみたい。そんなつもり全くなかったのに、この世界には私は一人ぼっちのような気がしていた。でもベルトリアが家族が二つと言ってくれて、私はこっちで家族の一員として認められているんだと思ったの」

「そんなの当たり前じゃない…。貴女は私の娘よ。ベルトリアだけでなく、リョウカもよ。」

お母様は安心したような、呆れたような表情を少し浮かべる。そんな呆れるほど当たり前のように私を受け入れてくれていることが物凄く嬉しい。


「それでも、私がベルトリアの中にいるって知ったらきっと、ベルトリアの中から出て行けって言われると思ってたの。そうなったらこの家を出ようってベルトリアと話し合っていたくらい、真剣にそう思っていたの。」

そう、私は受け入れてもらえるなんて露ほども思っていなかった。先入観で家族のことを見ていたのは私の方だ。受け入れてなかったのは私なのに。

そう思ったら涙が再び零れてきた。目の前のお母様が小さく笑うと、私の頬に手を添えて親指で涙を拭ってくれる。


「馬鹿ね、私の可愛い子。そんな訳ないでしょう。この子は大変な思いをするだろうというのは、産まれた時にイアンと話していたのよ。私達が一番の理解者になろうと思っていたのに、それができなかった。」

私はそう語るお母様を見上げながら、周囲の大人を信じようとしなかった自分を恥じる。こんなにも生まれる前から愛されているではないか。何が不安だったのか心の奥で固く凍てついていた何かが、段々と溶けていくのを感じた。

「ごめんなさいね、私達は貴女が隠そうとしているのを分かっていた。それを無理矢理暴いて、守る準備をした気になっていただけだった。私達こそひどい親だわ」

気付けばお母様も泣いている。私の中でベルトリアの感情が揺れているのが分かる。ここは場を譲ろう。


「お母様、泣かないで。」

ベルトリアも不器用ながら一生懸命に手を伸ばし、お母様の頬の雫を拭う。お母様は幸せそうに微笑んで、私達を抱きしめた。

「愛しているわ、ベルトリア、リョウカ」

私達はその腕の中で初めて、大人に守られていることを実感し、愛されていることを知った。恐る恐るではあるがお母様の背中に自分の小さな両手を回して、そっと確かに抱きしめた。



すっかり打ち解けた私とお母様は手を繋いで談話室へと向かう。その途中家の庭がすっかり見渡せるサロンの前を通り過ぎる。

「お母様、いつかサロンでお茶がしたい」

「いいわね、天気がいい日にみんなでお茶にしましょう」

お母様を見上げながら小さな約束をする。今はこれでいい。

この小さな積み重ねから、徐々に家族になろう。いきなり今まで作ってきた壁を飛び越えていくのは、私には至難の業だ。牛歩のような歩みかもしれないけど、着実に受け入れてもらいに行こう。


談話室からはお兄様の静かな声が聞こえてくる。

声色的に未だ、お父様が怒られているようだ。お母様はクスクスと笑うと、屈んで私の耳元で囁く。

「お兄様を止めてきて」

お母様の茶目っ気溢れる視線を受け、私は意を決して談話室に飛び込んだ。


「だからあんたらは!」お兄様の静かな怒りは、この部屋の気温を随分と下げてしまっているように感じる。

真面目にこの部屋寒い気がするわ。心なしか息が白く出る。

一瞬あまりの寒さに雑念が蜂起したが、気を取り直してお兄様に駆け寄ってその腰に抱き着いた。


「お兄様、もう大丈夫だから許してあげて?」

驚いた様子のお兄様にあざとい子供ならではの技で、上目遣いに訴える。お兄様はウっと苦々しい表情を浮かべると仕方ないという風に息をつき、私の頭を撫でる。

反対側に居たお父様は助かったとばかりの表情を浮かべる。

そんなお父様にため息をつきながら、お母様が不思議そうな顔をして部屋にはいってくる。

「随分前にルーのお話は終わっていたのに、どうしてまた怒られているの?」

お父様は痛い所を突かれたのか、目線を反らすばかりで返事をしない。どうやら要らぬ言葉を言ってしまったようだ。


お兄様は深くため息をつくと、頭をガシガシと掻く。

「母さま、どうもこのままでは心配です。」

お母様は「あら」と言いながらお兄様に視線を送る。お兄様は非常に爽やかな笑顔をこちらに向け、お母様を見返す。

お兄様の口から出たのは、私の全く予想のしてない一言。

「僕も今日から、この家に戻ることとしましょう」


お父様は一瞬嬉しそうな顔をして、次の瞬間には顔が青くなっていた。日々怒られる自分の姿が見えたようだ。私も怒られているお父様の横でお茶を飲む未来が少し見えた。


どうやら私の毎日は賑やかなものに、変わっていきそうだ。






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