二人で一人
昨日は投稿できず申し訳ありませんでした!!
今日はその分二話投稿しようと思いますので、お待ちください。
けたたましく鳴り響く目覚まし時計を叩き、私は悠々と目を覚ます。目が覚めたのは簡素な足つきマットレスの自分のベッド。横には勉強机が置いてあり、その上には手を中途半端に加えたままの資料が広げてある。
私はベッドから起き上がりながら伸びをすると、ゆっくり部屋を見渡す。部屋は朝日に軽く照らされながら、私を優しく包む。壁には――が掛かっていて、イスの上には―――が置いてあるのが見えた。私は―――をそっと持ち上げ、表紙の文字をなぞる。
「おい、涼香。朝飯無くなっちまうぞ」
憎たらしい兄貴の声が廊下から私に向けて届いた。私は慌てて部屋を飛び出て、階下を目指す。
「ちょっと、私の分まで食べないでね!!」
●●●●
私は兄貴を追いかける自分を、勉強机の上から眺めていた。自分のことを他人視点から見つめるのは初めてだ。
飛び起きる自分の姿と笑いながら逃げる兄の姿を見つめながら、自分もその後を追っていく。懐かしい賑やかな朝のいつもの光景だ。変わらない風景の中で階段を降りると懐かしい家族が朝食を囲んでいる。
「おはよう、涼香。さっさと食べちゃいなさいな」
お母さんの笑顔で癒されながら涼香は席に着く。父は新聞を見ながら、姉はトーストをかじりながら笑いかけてくる。それを眺め私は恋しかった光景に胸が満たされていくのが分かった。
『お母さん…!』
私は思わずお母さんに手を伸ばすが、私の腕はするりとそれをすり抜けたようでお母さんには届かないまま空を切る。
目の前の私は家族と会話を楽しみ、宙ぶらりんの私はそれを眺める事しかできないまま、時が流れる。賑やかな談笑が続き、皆それぞれ思い思いの場へ出かけていく。全員居なくなってからふと気づく。会いたくて仕方がなかったのに、会えない事と、関われない事を突き付けられたような気になって何かが胸に刺さる。
『私って家族の何だったんだろう』
家族はそれぞれ出先に向かい、私は誰もいなくなったリビングで静かにソファを撫でる。朝に家族が座っていたソファは、あらゆるものに包まれ、私を見守っていた。しかし今となっては誰もいない。私を見える人も誰もいない。何だか空しく寂しく感じ、胸の奥が締め付けられるような感覚が襲ってきた。
〇〇〇
「これがリョウカのいた世界なんだね」
ふと後ろから声がする。
振り返るとベルトリアが居た。ここは私の前世の世界のはずなのに何でいるのだろう。
「貴女に呼ばれたんだよ、リョウカ。貴女の家族はとても温かくて、優しい人たちなのね」
ベルトリアはまるで見ていたかのように私にそういう。実際にそうだったようで私の視線を通して、今までの光景を覗いていたらしい。彼女にとってこの家族の距離感は衝撃的な物だったらしく、とても驚いた様子だった。
その彼女の話を聞きながら私の胸に温かいものが広がり、心を満たしていく。
「そうよ、とても私を愛してくれていたの」
私はリビングの壁に飾ってある家族写真を手でなぞる。家族五人が全員揃った最後の写真だった。私が高校の―――の時の写真だったと思うが詳しくはぼやけて見ることができない。それを気にせずベルトリアも隣でそれをなぞる。その時眩い光が私達を包んだ。
光が去るとベルトリアは目を恐る恐る開き、目の前に広がる世界へ絶句した。目の前には夕日に照らされた金色に輝く雄大な稲穂が風に揺れつつ段々に連なる土地で波打っていた。
刈り入れ時の稲穂はその場に現れた人の手によって、どんどん刈られていく。次々と刈られるそれと、同時に私の気持ちもどんどんモヤモヤとしたものが刈られていくように感じる。
私はそれを畦道で静かに見つめる。そんな私の隣に彼女が来た。
「すごく綺麗な景色ね」
「…そうね。黄金の海のようでしょう。凄く綺麗なの。あの波に飲まれてしまいたいわ」
ベルトリアは見慣れない作物に興味を示しているようで、遠くまで一生懸命に背伸びして目に焼き付けようとしている。私にとっては見慣れた景色。祖父母の田んぼの景色だ。段々畑になっている田は、機械が入ることができない。その為に人の手で刈り取ることになっていて、小さい頃からその手伝いをしていた。
「リョウカ、私達分かり合えていなかった」
ベルトリアは小さな手を握りしめて、俯く。
「そうね、トリア。でも貴女が気にする事ではないわ。これは年上の私の責任だもの」
私がいくら言おうとベルトリアは小さく息を吐き、首を横に振る。彼女が自分の事をひどく責めているだろうと感じ取れる。
ベルトリアは私と育ったからか、とても五歳とは思えない考え方をする。見ていてこちらが不安になる程に。
彼女は私を静かに宥め、納得させるような言葉遣いで説明する。
「違うわ、私のせいなのよ。リョウカの事を気にする余裕もなく、私達の、いえ。私の未来の事を優先させたんだもの。神様が怒っても仕方ないわ」
これには私も、何も言えなくなった。確かに私達の目的はベルトリアが幸せに生きることだった。さらにこの世界に来てからはそれを目的にリョウカは生きてきたのだ。今更それを捨てる事なんてできない。自分の記憶を活かしたのが、私の今世の始まりだったのだから最後まで貫くべきだ。
「ねえ、ベルトリア。私、貴女に幸せになってほしいの。」
私は腹を割って、ベルトリア――いや、自分自身に向き合う事にした。
「それは私もよ、リョウカ。私達は二人で幸せになるの」
ベルトリアは心外だと言わんばかりに、しかめ面をする。ベルトリアの人生を変える、と考えていては何時まで経っても私達は幸せになれないのだろう。
だって、二人で一人ならばベルトリアだけの幸せではないのだから。
「リョウカ、たとえ貴女が家族を忘れたとしても私が忘れないわ。私達は二つの家族を持ってそれぞれに愛されてここまで来たの。」
「そうね、ベルトリア。私もそう思うわ。私達が生きているのはこの世界でも、前の世界が無かったことになる訳じゃない。」
二人で風に揺られる稲穂を見つめる。爽やかな風が足元から駆け抜けていく。
「そうよ、絶対になくならないわ。それに貴女の記憶は私も共有してるから、私の記憶でもあるのよ。二人で大事に思っていたらこの思いまでも、消えてしまうことはないはずだわ」
ベルトリアの断言するような口調に思わず笑みが零れる。
「私、家族を忘れるのが怖かったの。もう二度と会えないのは分かっていたけど、それでも会いたかった。消したくなかったの」
下を向く私の髪をそっと撫でながら、ベルトリアは前を向く。
「会うことは叶わない事だけど、私は貴女を一人にしない。死ぬまで二人で一緒よ」
貴女は死ぬまで一人になれないのよ、とベルトリアは意地悪く笑う。私は思わず大きな声で笑ってしまった。小さなその背中で私を支えようとしてくれている。この存在が堪らなく嬉しく、愛しく感じた。
「ありがとう、ベルトリア。」
私達は手を繋ぎ、夕日に染まる空を見上げつつ目を閉じた。
再び目を開けた時目に入ったのは、自分の部屋と見慣れた天井だった。