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家族の話

今回は第三者視点です。


「…リョウカは寝たよ」


今しがた眠るように目を閉じたベルトリアが、パチッと目を開いてそう言った。眠ったリョウカに変わり表に出てきたのだろう。

イアンは溜息を一つ吐くと頭を大きく掻いた。これはイアンの深く考え込んでいるときの癖の一つである。


「リョウカは…、前世の家族が恋しいのだな」

イアンはそう呟くと、自分たちがいかに彼女の事について考えが及ばなかったのかを自覚する。

「あの子はきっと死んだことを知っていても、自覚ができていなかったのね。だから自分の死について、家族について本当の意味で受け入れることができなかった」

マルガレットはそう返す。

この部屋の空気は重い。リョウカの嗚咽は、まるで大切な人を亡くしたかのような悲痛な静かな悲鳴だった。受け入れようとして自分の気持ちに蓋をして、自分は大丈夫と信じ込もうとしていた。


「私は何もわかってなかった…」


ベルトリアが小さく呟く。両親と兄の視線が自分に向くのが分かるが、そんなこと気にしていられない。


「リョウカは寂しかったんだ、きっと。こっちに一人だけで、私を守ることに一生懸命になる事で誤魔化していたんだ。私とリョウカで一つなのに、私何もわかってあげられなかった。我慢しているのに気付かなかった…」

ベルトリアの目からハラハラと涙が零れる。その光景は何とも痛ましく、切ないものだった。マルガレットはベルトリアの頬に、そっとハンカチを添わして涙を拭う。


「気付かなかったのはお母様たちも一緒よ。私達はベルトリアの未来が暗い物であると言われて、そこにしか目がいかなくなっていたわ。あの子も貴女も私の娘なのに、とても冷酷で薄情なことをしてしまった…。」

マルガレットは左手でベルトリアの頭を撫でながら、右手のハンカチで涙を拭ったハンカチを握りしめた。

「私は貴女達の身を案じているわ。勿論今も。だけど、私達が意識を向けたのはベルトリアの未来であって、もう一人の娘のリョウカがここに至った経緯ではなかった。あの子にはあの子の物語が、一生があったというのに無視してしまったのね」

静かに歯を食いしばるマルガレットを見ながら、ルーファスが冷ややかな目を向ける。

「そんな状態の彼女に煽るように、不安を焚きつけたのは誰だったか。さぞ貴族として、立派な立ち振る舞いだったろう。」

追い打ちをかけるように注がれた言葉は、さらに部屋の空気を重たいものにする。


「あれを正当化するつもりはないわ。この家の女主人として、ベルトリアの母親として確認しておきたかった。私達が取ってしまった距離を失くしたかったし、愛している事を嘘だと思われたくなかった。」

結局言い訳ね、とマルガレットは小さく笑う。

そんな母の手を握りベルトリアは言う。

「それは少し違うわ、お母様、私達あの時二人で思ったの。確かに怖かったけど私達の両親は凄い、こんな大人になりたいって憧れたの」

マルガレットとイアンは大きく目を見開く。自分たちの行動が娘たちを傷つけたはずなのに、娘たちは受け入れてくれている。驚きと嬉しさ、そして同時に悔しさが胸を占める。


「これじゃどちらが大人か分かったものじゃない。君たちは本当に五歳かい?」

イアンは小さく息を吐くと、ベルトリアの肩に手を置く。ベルトリアは父親を見上げながら、ふふっと笑うと欠伸を一つかみ殺す。

「眠いのかい?」

「リョウカに引っ張られてきたの、いつもは別々に動けないから」

ベルトリアは眠い目を擦りつつ、両親と兄を見渡す。温かな視線を感じ、自分自身と向き合う決意を新たにする。ゆっくり息を吸うと、皆を見る。

「リョウカとお話ししてくるね。…おやすみなさい」

ルーファスは静かに微笑みながら、ベルトリアを見つめる。

「おやすみ…、僕の可愛い妹」


ベルトリアは三人に見つめられながら、決心が揺るがないうちに瞳を閉じた。





◇◇◇◇





ソファで母親に寄りかかりながら、静かに目を閉じる妹を見つめる。

「父さま、母さま。貴族としての行動も必要ですが、もっと素直に子供たちに愛情を向けられませんかね」

ルーファスは妹に視線を送りながら、それを愛おしげに見つめる両親に声を掛ける。

「ぐうの音もでないな。私達はここぞという時にする愛情表現がどうも苦手だ」

イアンの後悔の滲む言葉にルーファスは苦笑いを零す。

「知っています」

「どうしても、大切な時に限って皮肉を言ってしまうのよ」

マルガレットの不安げな言葉にも、一蹴する。

「知っています」


両親は天邪鬼だ。自分達がそれぞれの一族で特別視され、大切にされると同時に近しい身内や友人に妬まれてきた経験があるからこそ素直になれない。この両親たちもまた、傷つくのを恐れているのだ。

「貴方達はどうして自分たちの愛情が揺ぎないと断言できるのに、子供達からの愛を信じることができないのでしょう」

思わず口から出た言葉にルーファスは慌てて口を閉じる。

両親はハッとした顔で自分の事を見つめてくる。それを見てルーファスは苦笑する。

「少なくとも僕自身は、貴女達に愛されて育った自覚がありますよ。不器用な両親の背中を見て、腕の中に抱かれ育ったので、僕自身も素直ではありませんが。」

彼の言葉に黙って両親は耳を傾ける。

ルーファスは小さくため息を零し、意を決して両親を見つめた。

「初めて素直に言いましょうか?成人した息子の口から言うには、かなり抵抗がありますが」

イアンは目を見開くと、今まで見たことがないくらい嬉しそうに笑う。

「みなまで言うな、こっちが恥ずかしい」

イアンはそう言いつつも、息子の元へと立ち上がり向かう。ルーファスも立ち上がると父親と向かい合う。

「愛してるぞ、我が息子よ」

「僕もですよ、父さま」


イアンは笑顔をさらに大きくすると、息子を抱きしめようと一歩踏み出す。その瞬間にルーファスが人形めいた綺麗な笑顔を向ける。

「さあ、家族愛を確かめたのでちゃんとリョウカと向き合ってくださいね」

イアンはぐっと息を止めるが、次の瞬間には真剣な表情で確かに頷いた。




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