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閉じ込めた感情

誤字報告、ブックマークありがとうございました!

気を付けて読み直していても、たくさんあるものですね…

助かりました、ありがとうございます!



記憶の中を彷徨う。

私は忘れたくないだけなのに、それを許してくれない何かがある。

今まで見ないようにしていたものに、向き合う必要に迫られていてどうすればいいか分からない。これに向き合うと私の中の何かが大きく崩れる気がする。

私が目を反らしていた、私が私たる全てに目を向けなくてはいけない。

でも、今向き合わないと全て忘れてしまう気がして、私は必死に心を奮い立たせた。



私は日本で産まれ、日本で育った一庶民で三人兄妹の末っ子だった。サラリーマンの父、パートで働いている母、口煩い兄貴、お茶目な姉ちゃん。私の大事な家族だった。

私はゲームが好きな所謂ヲタク気質な人間で、上手い事隠して生きてきた。だから私の趣味を知っているのは家族だけだった。私の目鼻立ちがくっきりした外見だったことも幸いし、周囲にはヲタク趣味を誤魔化すことができていたように思う。


私は家族を愛していた。家族も、私を愛していた。


一見頼りなさげに見えて実はやり手の営業マンな父は、常に私達を見守り、必要とあらば必要な分だけ手を貸してくれた。何か悪い事をしたら自ら反省できるように促されたものだ。

そんな父を選んだ母も周囲を見ることに長けていて、かかあ天下に思わせながら良い所は父に花を持たせる。そんな素敵な夫婦だった。

口煩い兄貴は両親の面倒見の良い所を丸っきり貰いながら、口が悪いために上手く表現できない不器用な人だった。余計な一言を何度も繰り返しながらも、私たち家族を守ろうとしていた。

美人な姉は自分の素材を如何に活かすか、常に計算している変わった人だった。計算高く、賢く立ち回る癖に、ここぞという時に人に手を貸して失敗する。何とも中途半端な優しい人だった。いつも私はその背中を追いかけていた。


私自身ははっきりした容姿をしただけの地味女で、見た目のせいで割と嫌な目に合ってきたように思う。性格はのんびりとしたもので、世界は平和だくらいに思っていた。でも思えば容姿は恵まれた方だったが、性格と見掛けがマッチしていなくて怖い思いをする事も多かった。だからか、家族は危機感の無い私を守ろうとしてくれることが多かった。


そんな家族に恩返しをしたかった。


父さんみたいにしっかりしていて兄貴のような優しいけど頼もしい相手を見つけて、安心させてあげたかった。母さんみたいに陰ながら目立たずに、家族を守ってみたかった。姉みたいな可愛い孫を見せてあげたかった。みんなにありがとうって言いたかった。

それなのに親より先に、兄妹より先に死ぬ親不孝をしてしまった。


自分の事を振り返ると、後悔ばかりが先に立つ。

西浜涼香としての人生は幸福であったのにも拘らず、最後に家族へ親不孝のプレゼントを残してしまった。そんなマイナスな感情が心を埋め尽くす。

私が能天気でいれたのも、家族が一緒に居てくれたおかげで、あんなに怖い目に合っても笑っていられたのは支えてくれたおかげで。



―――あれ、あんなに怖い目ってなんだっけ。

なにか酷い事があったんだっけ。


落ち込んでいた時は兄貴が「酷い顔すんな、笑え」って慰めてくれた。

―――あれ、私の顔ってどんな顔だっけ。

印象だけが記憶に残っているけど、思い出せない。


「姉ちゃんとずっと一緒だよ」と小さい頃、約束したのにな。

―――でも私って何歳まで生きて、何をしていたんだっけ。

事故で死んだのは分かってるけど、何にそんな焦っていたんだっけ。



―――家族の顔ってどんな顔をしていたんだっけ。



忘れたくない事が沢山あった。忘れたいことも沢山あった。

ベルトリアの感情をまざまざと感じて、自分の心に蓋をした。

―――私が守らなきゃ、皆みたいに私がそばに居なくちゃ。

でも、そうやって私は私であることを失ってしまって、自分の気持ちを消していく。

ここでは、この子には私しか頼れる人がいないんだ、私が支えなくちゃ。


二人で一つだと言い張って、一緒であるように見せかけた。

新しい思い出で隠すように、自分自身を隠し通した。

この世界に来てから沢山の事を思い出し、忘れ、新しい記憶を重ね、生きてきた。


ああ、私は忘れたくないんだ。ベルトリアの中でも涼香として生きていたい。

途方もなく、向こうの家族が恋しいのだ。

会いたくて、謝りたくて、縋りたくて、声を聞きたくて心の底から渇望しているんだ。

一つになったら忘れてしまいそうで、忘れてしまったら失くしてしまいそうで、生きてきた証を、家族が生きている証を失くしてしまいそうで。堪らなく怖いのだ。

この世界に転生して、初めて理解した自分の感情。

自分でも気付く事がなかった自分自身の本当の感情。


「帰りたい…。帰りたいよう…。父さん、母さん、兄貴、姉ちゃん…」


いつの間にかベルトリアと私は入れ替わっていた。

零れ堕ちた言葉は、私の目から大粒の涙となって次から次へと溢れ出す。

目の前にいる両親がぎょっとした顔で私を見る。お兄様は痛ましいものを見るように、私を見つめる。



「会いたいのに…。皆に会いたい…」

口から言葉が止まらない、後悔が止まらない。

「死んでごめんなさい、先に死んで…ごめん、許して…」

喉の奥を捻ったような、声にならない悲鳴と嗚咽が口から止まらない。止められない。

―――悔しい、悲しい、寂しい、切ない。

―――感謝、家族でいれた喜び、思い出。

全部が失えない宝物で、死んだことを悲しめなかった私の依り代で。謝ることができなかった家族への贖罪。

なのにどんどん頭の中から消えていく。忘れていってしまうんだ。


「ベルトリア…、私忘れたくないよぅ…。失くしたくないよ」


歯を食いしばったはずなのに、次々漏れ出る嗚咽に内心呆れながらも止めることができなかった。

私の中でベルトリアが寄り添ってくれているのを感じて静かに目を閉じた。





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