この世界
私たちの住むこの国、サージェント王国。魔法を礎に築かれた歴史ある王国。
この国では国民のほとんどが魔力を持って生まれ、国の資源として魔力が当たり前のように普及している。
その国のサンティス侯爵家の長女として私、ベルトリア・サンティスは生まれた。
赤が滲む白銀色の髪、表情を映さない虚ろ気な暁色の瞳。透き通るように透明な素肌を称えたお転婆娘が私の事。
儚げな今にも消えてしまいそうな印象を与える私の見掛けとは正反対の性格で、散々大人たちを振り回してきた。
手玉に取れそうだと思い込んだ、見通しの甘い大人たちの勝手な印象を逆手に、悪戯心が震えるままに可愛い悪戯を仕掛けた。
そんな私が自分自身に違和感をはじめに覚えたのは物心ついたころ。
朝食のパンにイチゴのジャムを渡された時。
甘い香りと優しい味を感じながら、ふと思い浮かんだ懐かしい味。ほろ苦く、さっぱりとした後味の――
『ママレードのほうが好き』と、気が付けば呟いていた。
家族は不思議そうな顔をして『ママレード』のことを聞いてきた。自分でも何の事か分からなかったが、遠くから覗いてきたような思い出に無性に悲しくなったことだけは覚えている。確かその時は何とか誤魔化し、後でこっそり部屋で泣いた気がする。その時が初めて自分の中に重なる記憶を感じた瞬間だった。その後疑心暗鬼ながら変わらぬ日々を過ごし、自分の記憶に確信を持ったのが5歳になる頃のこと。
サージェント王国の第一王子のハリス王子のお茶会に招待された時だった。
伯爵家以上の王子の年の近い子供たちを集めたお茶会。側近、婚約者候補を決めるような重要な局面で私は思い出した。
色鮮やかなドレスに身を包んだ令嬢、令息に囲まれたハリス王子の爽やかな笑顔。だけどその瞳が笑っていないことに気付いた瞬間、背筋に冷たいものが走る。第一王子殿下の視線は私には向いていないから気付かれてはいないはず。そんな不安を胸に、走る鼓動を抑えつつ確信した。彼は何にも期待せず、私たちを見下し蔑んでいることを。
そしてその時に、ただ何となく二重に重なったように感じていた記憶が前世の記憶であり、今私が必要としているものであることを感じた。そうだ思い出した。この世界は私が生前に遊んでいたゲーム『アドリアスに花束を』に酷似している。そして、私は悪役令嬢っぽいポジションにいるベルトリアだということに。
『アドリアスに花束を』というゲームは所謂乙女ゲームとして発売され、密かな人気を誇った作品だ。斯くいう私も、そのゲームをプレイしていた一人。
このゲームは乙女ゲームの醍醐味の恋愛シミュレーションというより、バタフライエフェクトのように選択肢次第でストーリーが変化するゲームだった。私は何度プレイしても恋愛要素にたどり着く前にバトルや冒険への切符を手に入れるルートへ突入することが多かった。多種多様なストーリー分岐、エンディング。このゲームの魅力はとどまることを知らない。
その結果、私は徹夜でゲームに勤しんで事故にあったようで。
まぁ、死んでしまったみたいで。
西浜 涼香―。それが前世の私の名前。友達のゴリ押しで始めたゲームで、私自身はこのゲームの醍醐味である恋愛要素より、魔法の世界に心を躍らせた。結構緻密に設定された魔法について、中二病の妄想が捗るというのも無理はなかった。その結果が徹夜でゲームして事故にあうなんて、馬鹿げた結末にて人生に幕を下ろしている。
今回は是非とも車、もとい馬車に突っ込むことなく一生を終えたいと願います。
さて、この国には私たちが通う王立アドリアス魔法学校がある。初等部、中等部、高等部と分かれていて、学生たちは中等部から寮に入ることが伝統だ。初等部は貴族籍の子女たちが通い、人脈を築く練習の場として提供されるため貴族生徒しかいない。
貴族籍を持たない人は、それぞれの町にある学校に通う。その後中等部から魔法の才が認められた者が新たに入学できる。
初等部では基本的な貴族の常識を身に付けることがメインとなっていて、5歳から8歳までの3年間を過ごす。その間社会的な縮図に初めて身を置き、己が立場を理解する。
初等部はほとんど午前中に授業があり、午後は帰宅するというスケジュール。
貴族の子息たちはそれぞれが帰宅後の時間を、習い事や授業の先取り、魔法の練習に費やする。
なぜ学校で魔法の練習をしないのか。勿論練習はあるがあくまで無属性魔法のみ。
それはこの国の魔法が割と家系に左右されるものだから。
この世界の魔法は無属性、火、水、雷、土、光、闇に大きく分類される。そこからさらに細分化されるものもあるけど、今は置いておこう。
一般的にみんなが使える魔法が無属性魔法。物を浮かせたり、うるさい人の口を閉じちゃったりできる。
しかし属性魔法に関しては少し特殊で、貴族のそれぞれの家系に血で伝わるものが多い。その為割と練習の仕方が門外不出となっていたりする。
貴族の子女たちが婚姻以外での魔法の流出を防ぐため、各々基本習得に勤しむ。
私が記憶を明瞭にしたのは5歳の時。学園への入学の年だった。