初めての授業
教室への道を早歩きに進む。廊下を走ると各クラスに罰則点が付くらしく、決して走らないようになるべく優雅に進んでいく。
「全く、トリアが遅くなるから慌てるじゃないか!」
「ごめんなさい、朝制服にうちの両親が興奮してしまって大変だったの」
急ぎながらも文句を言うロイスに、辛うじて嘘ではない言い訳を展開する。ロイスは昨日のうちの両親を思い浮かべたのか、遠い目をする。
「言い訳だと言ってやりたいが、事実っぽそうで何とも言えない」
「ロイス、頭から否定は良くないわ。でもこれは私も何も言えないわ」
アリアまで遠い目をする。そんな二人を眺めながら、今日から始まる授業について話題を変える。
「今日の授業は王国史でしたっけ。」
「ああ、それと魔法基礎理論」
「ロイスったらそれが楽しみみたいで夜もはしゃいでたのよ」
「それはアリアも一緒だろ」
廊下の角を左に曲がると教室にたどり着く。廊下の先に先生のローブが翻るのが見える。
「間に合ったぞ!」
ロイスがそう言うなり教室の戸を開け、私達を先に入れてくれた。
「ありがとう、貴方は紳士ね」
少しお道化て言ってみると、ロイスはびっくりした顔をして耳の先が少し赤くなってしまった。
教室の中は既にある程度の生徒が揃っていた。
ざわざわと落ち着きのない中、思い思いに友人と話している様子が窺える。私達も三人で座れる机へとすぐさま移動する。
アリアは上品に椅子に腰かけ、ロイスはドカッと勢いよく座る。私は二人の隣にちょこんと腰掛け、教科書を整理する。
教室の前扉がガラリと大きく開き、担任のウィヌ先生が入ってくる。先生は軽く授業の流れや、それぞれの授業では教室移動がある場合がある旨を説明された。王国史等の基本的座学はこの教室で行われるらしいが、魔法基礎理論のような魔法が絡むものは別教室へと移動するようだ。
「では、王国史の授業を始めます。教科書の最初のページを開いてください。ノートをとることをお勧めしますよ、皆様」
先生の授業は非常に端的で分かりやすく、頭に入ってきやすいものだった。だがあまりにも淡々と進むので、ノートが追い付かない子たちもいるようだ。その都度先生は質問の時間を割り当てたりして、時間を調整してくれている。気の利く良い人だと改めて感じた。
ここでざっと王国史をおさらいしよう。あ、私はゲーム知識として概略は既に頭の中さ。
この王国は元々人間と精霊、妖精、エルフが魔物や魔族から身を守るために手を取り合っていたのが起源とされている。魔に近いとされている妖精も、この国では手を取り合うべき存在であり尊重されてきた。
ある時魔力の弱い人間でも魔法が使えるようになるようにと、妖精たちが願ったことで人間たちにも魔法を行使することができる力が付いた。人間たちはそのことに大変感謝し、絆がさらに深まる事となり、国となることを決めた。それがこの国の起源であるとされていて、寝る前に読む物語として語り継がれている。
まあそこになぜ人間が中心で治めることになったのか、とかは突っ込んではいけない。絶対精霊や妖精では統治にすらならないし、精霊王はこんな事に出張ってきたりしない。エルフも長寿の為か互いへの関心が低いためだろう絶対。
「―――国の成り立ちについてはこのような流れになります。何か質問は?」
ウィヌ先生の説明も今私が整理していた範囲まで説明したようだ。ロイスは既に眠そうで、アリアは興味深そうに聞いている。
私は今の先生の説明を頭で整理する為、相関図としてノートに軽くまとめていた。前世の私はノートに相関図を書いて、それに書き足し書き足ししながら復習をしていた。この方法は状況の多方面からの把握にとても適していると、私は思い込んでいるのでどうしても歴史の授業は相関図を書きたくなってくる。
先生は質問の時間を切り上げ授業のまとめに入る。どうやら王国史はここまでのようだ。
一限目の終了の鐘が響く。今から魔法基礎理論の授業が行われる魔法学の教室へと向かう。案内をする先生の後ろについていきながら、ぞろぞろと生徒が移動を開始する。魔法学の教室は本館から出てすぐ隣の第二校舎にあるため、皆授業の時間に間に合うように短い手足を精一杯振りながら先生についていく。幼い貴族の子息はあまり長い距離を歩かないため、体力が非常に少ないのだ。
「つきましたよ、この教室です。初等部では基本この部屋しか使いませんので安心して下さいね」
先生は優しく微笑み、少し息の上がった生徒たちはほっとする。
「先生歩くの速かった…」アリアが疲れた声でそう零すのが、クラス全体の総意であることは間違いなかった。
魔法基礎理論では今回授業の内容には入らず、オリエンテーションが行われることになっている。この授業では担任の先生ではなく、魔法省の職員が授業に来ることになっているらしい。だが今回は担任の先生によるオリエンテーション。私達はまだうまく使うことができないでいる魔法に、期待に胸を躍らせ説明を聞くのであった。
初等部の授業は午前中で終わる。それぞれが荷物をまとめ、迎えの馬車に向かって歩いていく。ベルトリア達もその流れの中にいた。
「俺たちの通学路はトリアの家の前を通るから、これから朝は迎えに来るよ」
ロイスは朝に慌てさせられたことが酷く堪えたようで、懇願するように提案された。私としても朝から一緒なのは嬉しい話なので、さっそく両親に許可をとろうと胸を弾ませた。
「「それじゃあ、また明日ね」」
「また明日!」
私は二人に大きく手を振り、自分も馬車へと乗り込んだ。
ガタガタと馬車は今日も揺れながら、タウンハウスへと向かっていく。朝の慌ただしさなんて感じさせない、優雅なひと時だ。だが心は落ち着かない。
朝家を出る時に早めに帰宅するように指示されているのもあり、私は寄り道もせずまっすぐ家に帰る。
「なんでこんなにお腹すいてるのよ」私は自分の胃袋が恨めしくなる。
家に帰ると昼食が待っている。そんな食い意地の張った気持ちではあるが、街中にあるカフェやお菓子、公園の屋台の誘惑に負けじと結局馬車を急がせるのであった。