穏やかな一幕
遅くなりました!!
「あああ、緊張した!!」
私は淑女らしくない大きな声を出す。そんな姿を微笑ましそうに見つめるのがお兄様、可愛いと抱き着いてきたのがお父様だ。
「ああ可愛い我がベルトリア、よく頑張ったね」
お父様の腕にすっかり包まれた私は、動きにくそうに見えて案外自由の効くこの服をふわりと手を振り揺らす。
「うん、ありがとう。お父様もとても素敵だったわ。でもこの服まで着る必要はあったの?」
私が問うと、お父様はふふんと鼻を鳴らして立ち上がる。そして自分の服をひらりと翻しながらお兄様の後ろへと移動した。お父様とお兄様は並ぶとお父様の方が少し背が高いようだ。お父様はお兄様の肩へと後ろから手を置く。
「わざわざ服を変えた理由は、あの第一王子が来るのが見えたからだね」
お父様はそう言うと一つウインクをする。お兄様は行動の読めないお父様を気にしないで小さく笑う。
「つまり父様は、可愛い天使のベルトリアを見せつけたんだ」
「見せつけた…?」
「そうだよ、魅せ付けて突き付けたんだ」
お兄様は少しややこしい言い回しをする。私が首を傾げるとお父様がその言葉の続きを語る。
「妖精の衣装を纏ったベルトリアは、さぞ神秘的で美しかっただろうね。まさに自分には手が届かないモノだと突き付けられるほどに」
私はなるほどと小さく呟く。
「現に彼は婚約者選びを戯言だと流したこちらに反応すらしなかった。妖精やエルフを下に見た考えを持つ彼には似合わない行動だ」
お兄様はそう付け加えると笑みを深くする。それを聞いてお父様もたまらずといった風に笑いだす。
「下に見ていた私達が、実は国王と対等に言葉を交わせる存在で監視者という別枠の存在だという事を理解してくれただろう」
悪い笑顔を浮かべた二人を見ながら、私も小さく笑みをこぼす。でも私を婚約者にしたいと言っていたことを餌に、彼に頑張ってもらう方が良かったのではないだろうか。彼との婚約を避ける手立てはあるのだから、餌とするだけなら有用だと思う。いや、婚約する気は欠片もないんだけどね。
「でもいいの?私っていう餌でつれなくなったよ?」
私が首を傾げながらそう聞くと、二人は声を揃えて大きな声を上げる。
「「トリアは餌じゃない!!」」
「ええぇ…」
二人はさっきまでの悪い笑みはどこに消えたのかという程、真っ青な顔をしてこちらを見ている。
「まさか婚約者選びの事、餌を垂らしていると思っていたのかい?」
「え、違うよ?ご褒美を匂わせる程度で使える手段だったんじゃないかと思って」
「そんな!!可愛いトリアにあの幼馴染のいつもの彼らも近付けたくはないのに!」
お父様とお兄様はしばらくアワアワと震えながら、色々なことを口走り私にこの話を二度としない事を約束させてきた。
数日経ち、私はアリアと共に学校の廊下を歩く。
魔の動きが活発になってきて、私はアリアかロイスと必ず行動を共にするようになった。今日はロイスが体調を崩してしまったらしく、アリアと二人で食堂に向かっている。男子陣はお兄様に呼び出されたと言って、先に行ってしまった。
「二人で動くのも久しぶりね」
「ええ、本当に。トリア、変わりはない?」
「勿論。しばらく魔法省に入り浸っていたりして遊べなくてごめんね」
「いいのよ。それよりも聞いた?」
「何を?」
「殿下たちの噂!!」
アリアは興奮気味に私に問いかける。殿下たちの噂は分からない。最近学校側に呼ばれたりして、あまり授業以外を学校で過ごしていないからだ。
「分からないわ」
「知らないのね、最近忙しそうだったものね」
アリアは楽しげに笑うと小さく手を打つ。
「殿下たち、最近改心したように古代魔法について調べまわっているそうよ。恋愛に現を抜かして誰かを追っていた頃とは大違いの真剣さよ!」
彼女はそう言ってクスクス笑った。そして私の手をぎゅっと握ると、ニヤリとニヒルに笑って見せる。
「貴方達でしょう、何をしたの?」
その言葉に今度は私がニヒルな笑顔を浮かべる。
「さて、何の事でしょう」
私はそう言って、ぷっと吹き出して笑いだす。アリアもそれに釣られて一緒に笑う。
ああ、こんな楽しい日々がまだ続くと思っていたのに。
足音はゆっくりと、確実に私達に近付いていた。
最近大雨や、コロナが再び猛威を振るい始めましたね…。
皆さんもどうか身の安全を第一に、気を付けてお過ごしください。