学ぶべき事、知るべき事
ハリス殿下視点です。
父上と話をしようとした間際に、『監視者』から面会が来るという通知が来た。空に描かれた光に驚きと同時に、父上の息を飲む姿が目に焼き付いている。
そしてあの場に現れた彼らは、学校で見知った姿ではなかった。ひらひらとした布を纏い、私達とは違う立場であるという事を突き付けられた気がした。何よりサンティス家の放つ存在感に気圧された。普段の姿であっても圧倒的なオーラを放っている侯爵は、他の追随を許さぬ美貌と迫力をもってあの場を支配した。
いつも飄々とした雰囲気のルーファス先生にすら近付こうとは思えなかった。そして何より、彼女だ。あの衣装をまとった彼女は、初めて出会った頃の無表情を湛え神秘的な存在感を放っていた。一瞬にしてその美しさに目を奪われ、手に入らない存在なのだと理解した。
―――私の婚約者選びを戯言だと言われ、納得してしまうくらいに。
魔術式を私達に託し、彼らの姿はあっという間に空間に飲まれ、見えなくなった。あの場に現れたのは誰だったのか。あのように魔法を使える存在は妖精王や精霊王等の高位の存在だというのは分かる。
横目に父親である陛下を見ると、苦虫を嚙み潰したようば顔で彼らが居た場所を見つめていた。
「父上…」
私の呼びかけにハッとしたように、陛下は顔を上げる。
「すまない、考え込んでいた」
「いえ、大丈夫です。それより彼らが『監視者』としての姿なんですか?」
「ああ、あれが本来の彼らの役割だ。サンティス侯爵の見掛けに騙されるな。温厚で優し気な雰囲気で、見目も非常に若々しいが、彼は少なくとも年は六十は過ぎているだろう。私など只の若造にしか見えまいて」
父上はそう言うと、溜息を吐いた。私は思わずギョッとして、息を飲んだ。確かに彼らは妖精なのだから、事実なのだろう。けれど見掛けと合っていなさ過ぎて脳が理解を一瞬拒否した。そして尚更ベルトリアと添い遂げることは出来ないと納得した。彼女は人からしてみたら悠久を生きるのだから。
「それにしても…。厄介な宿題を残されたな、ハリスよ」
父上の声に我に返る。確かに厄介な課題だ。今だ空に浮かぶそれに手を伸ばし、机の上から集めるように手に取る。見た事もない魔術式で、尚且つ古代文字で記されているのだから難解この上ない。
「この課題もですが、私は彼らの言葉が気になります。魔との戦いが迫っているとは、どういう事でしょう。また光の精霊王に愛されたのは初代のみ…というのも」
父上は私を一瞥すると何も答えずに歩き出す。その背中を早足に追って私も歩き出す。向かう先は父上の執務室の方向だ。
「建国神話に、違和を感じたな?」
足を緩めず、父上はそれだけを問う。
「ええ、感じました」
「それは正しい疑問だ…。この国は恐ろしく若い歴史しか持たんが、その実古くからある土地であった」
「それは…」
どういった意味でしょう、という言葉は飲み込んだ。丁度執務室に着いたからだ。執務室の前では父上の右腕である男が待っていて、ゆっくりと扉を上げる。
「お前はここで待機しておいてくれ」
父上は彼にそう言うと、彼は礼をとるだけで言葉を発さなかった。
中に入ると、父上は迷わず本棚に向かい一冊手に取る。
それはあまりにも古ぼけたノートだった。父上はそれを大事そうに机に置くと、溜息を一つ零した。
「これは王家に伝わる初代国王の日記だ。私達王家は精霊王に愛された、他国からこの土地を守る為に立ち上がった人物の末裔に過ぎない。そこに嘘はない。しかし、この土地の歴史とは視点が違う」
「…視点ですか?」
「ああ。そもそもここは国としての歴史は浅いが、土地としての歴史は古い。授業でも習っただろう?」
「はい。古くから妖精達やエルフと手を取り合ってきた土地だと…」
「では、何故監視されているのか。そもそも手を取り合って出来た国ならば監視されるようなことは無かろう」
その言葉に思わず口を噤む。確かにそうだ。何故監視者として彼らが立つのか。本当にこの国の初代の王は望まれて王になったのか?精霊王に愛されていたのは嘘ではない。ならば何故、妖精やエルフからの信が薄いのか。
「それについて話してもいいが、それを語るだけではこの国は立ち行かない。考え、その答えを持って私の訪ねよ。その時に答え合わせといこう」
父上はそれだけ話すと、そっと日記に触れた。その日記に私が触れることはまだ許されないようだ。きっとすべての始まりがここに記されているのだから。