両親
少し説明のような両親の話になります。
ベルトリアの母親であるマルガレット・エルフィア・サンティスは、先祖代々エルフの血を引く一族の中で暮らしていた。他の血を避けるために一族の遠縁での縁組が当たり前の家系であった。その為ハーフエルフより血が濃く出てしまうことも間々あり、彼女がまさにそれであった。純血のエルフよりは血が薄く、ハーフエルフよりも血が濃い存在である彼女は、人間よりも遥かに長寿で、人間離れしたエルフに近い美しい外見をしていた。
エルフの特徴として高い魔法特性と、底知れない魔力を保有している事があげられる。この身体に秘めた魔力が老いを遅れさせているものでもある。彼女の兄妹は皆ハーフエルフ程度の身体で産まれた為、皆長寿と言えども彼女より先に老いていく。それが置いて行かれるようでひどく悲しい事だった。
エルフの子供は青年期くらいまでは人間と同じようなスピードで成長する。そこから急に年を取るスピードが緩やかになり、数十年で1つくらいしか年を重ねないようになる。
マルガレットが共に年を重ねていける者はひどく限られていた
マルガレットが夫であるイアンと出会ったのは学生時代であった。他の生徒と変わらないその他の生徒の一人であったが、彼自身もぎょっとするくらいに美しい外見をしており、他の人たちとは異質な魔力を持っていた。まるで彼のそれはまるで妖精のようで、魔力の本質が見えるエルフの血を引くマルガレットには気になる存在であった。
それはイアンのほうでも同じであった。
彼の家系も妖精のバンシーの血を引く一族であり、妖精は歳を取らない存在の為彼の一族は年齢不詳の者が多かった。彼らは時々妖精と契りを交わすことがあり、その代に妖精と結ばれたものが当主となり、血を繋いできた。彼らが結ばれるのは決まってバンシーである。それはバンシーが人型をとれるからというのが主な理由であるが、その血を引くためにバンシーに惹かれてしまうのが裏の理由である。
イアンは一族の中では先祖返りと呼ばれる存在だった。その為に妖精の特徴の一つである未来視ができる。明確な未来が見えるわけではないがぼんやりとしたビジョンなら、確実に当ててしまう。「何ならこうあればいいのに」と願うだけで、それに近い未来に導かれていく。
そんな彼が惹かれたのが、学校で高嶺の花として名高いマルガレットであった。エルフの血を色濃く受け継ぐ彼女にはなかなか近付き難かったが、妖精の血が見せる彼女の中の膨大な美しい魔力に彼は目を離せなかった。
そんな中彼は少し願ってしまった。彼女に近づきたいと。
それからすぐに家同士の繋がりを強くするためと、マルガレットとイアンの婚約の話が出た。互いに気になる存在だったためか、トントン拍子に話は進んで、婚約の約束が取り付けられようとしていた。
だがイアンは自分が願ってこうなったのではないかと、不安に思う気持ちが常にあった。不誠実に感じたイアンはマルガレットに自分のことを素直に白状した。
「君の本心が嫌だと感じるならこの婚約白紙に戻す」という言葉と共に。
マルガレットはクスリと小さく笑った。
「長寿の私と人生を共に歩けるのは、妖精の貴方ぐらいだわ。どうぞ末永くよろしくね」
エルフと妖精の末永く。こうして普通の人間からしたら膨大な時間を彼らは共に生きていくことになった。
◇◇◇
「さて、私達夫婦になって何年たったかしら」
マルガレットは談話室のソファに体を沈め、天井を見上げる。
「そうだね、ざっと四十年程かな。」
イアンはそんな彼女を見て小さく笑う。
「まさか産まれる前の娘が古代魔法を使っていたなんて、気付きもしなかったわ」
「それは仕方ないだろう、君は妊娠中魔力が安定しないで大変なんだから」
エルフは長寿の為か、子供ができにくい。彼らもまた例外ではなく、なかなか子宝に恵まれなかった。
「それでも彼女は産まれてきてくれた。無事かどうかと言われたら、予想外の形で産まれたことになるけど。それでも彼女は僕たちに愛されて、愛してくれていると思っているよ」
イアンはマルガレットの頭を静かに撫でる。そんな夫を睨みつける。
「それでも私達はあの子を脅したわ。これは許されない事よ」
「大丈夫、あの子は愛されていることを知っている」
イアンは断言すると、すっかりすっかり冷え切った部屋の空気を胸に思いきり吸い込んだ。
「だからこそ、彼に会わなくてはいけない。彼が家を出て十年だが、そろそろ帰ってくる頃だしね」
「今までは妹に会わなかったけど、あの子も会ってくれるかしら」
「そもそも彼に妹が産まれたことを話した事があるのか考えよう」
「…ないかもしれない」
マルガレットは自分たちの過去を振り返る。
彼らの子供もまた長寿だ。エルフと妖精の血を持つのだから当たり前だが。その結果、物事に囚われにくくなるのか、独り立ちしたのちフラっと働きに出て行ってなかなか帰ってこなくなった。そして定住先もわからない。
ベルトリアが産まれてから彼は一度でも帰ってきたのだろうか。
「帰ってきてないし、今どこに住んでいるかも分からない。けど王城で働いている事は分かっているし、城で見かけることはあるから元気なのも知ってる」
「あの子は凄く自由な子だから、それに任せてしまっていたけど。このままじゃ家族としても駄目ね」
マルガレットはため息深く零し、眉間を抑える。
イアンは王城で魔法省と言われる研究部門に務めている。主に魔道具の開発やアミュレットを作ったりしているが、彼はそこの魔法省副長官の立場にいる。
「どうして今まであの子を気にも留めなかったのかしら。」
「それは城でよく会うから、会った気になっているんだよ」
イアンは何てことないように笑う。マルガレットも王妃の茶会に呼ばれた際に顔を出していたので息子には会っていた。
忙しい息子の顔を見て満足する程度で、家族としての時間は足りてはいない。
「それじゃあ、あの子に手紙を出さなくちゃいけないわ」
マルガレットは立ち上がり書斎へ向かおうとする。
「その必要はないよ。」しかしイアンに呼び止められる。
「どうして?」
「何てことはないよ。僕が願ったからさ」
明日の夜には帰ってくるさと、イアンは自信たっぷりに笑いかけた。