監視者として
お父様とお兄様が学生を利用する計画を非常に楽し気に立てている。
私は二人に近付くのも怖い。二人の爽やかな笑顔の裏に『楽しそう』以外の感情が読めない。これで困って悩むさまをも楽しんでしまいそうな家族に溜息が零れる。
「可愛い私のトリア、こちらへおいで?」
お父様が輝かんばかりの笑顔をこちらに向ける。眩しい。思わず顔を顰めてしまいそうになったけど、素直にそちらに駆け寄る。
「父様、トリアが眩しそうな顔をしてるけど」
「だって楽しくてね。笑顔を抑えられないんだ」
にこやかにそんな会話を続ける二人に私は再び溜息を零す。最近顔に貼り付けるのが上手になっていた表情が、ストンと自分の顔から抜け落ちていくのを感じる。
「無表情のトリアを久しぶりに見たよ。相変わらず綺麗だね」
お兄様がそう言って私の頭を撫でる。綺麗なんて口にしながらもクスクスと笑いを隠せていないから腹が立つ。
「もういいもん、顔に貼り付けるのも疲れたもん。しばらくこのままじゃだめ?」
私は上目遣いにお父様を見つめる。お父様は胸をそっと抑えて瞳を潤ませ首を横にぶんぶんと振る。
「ダメなもんか!トリアはこんなにも可愛いのだから!!」
お父様はそう言うと私をぎゅっと強く抱きしめた。よし、とりあえず私の勝ちだ。
「それで私を呼んで、どうしたの?」
「ああ、作戦が決まってね。今回の事を陛下に“教えて”差し上げようかと思うんだけどどうかな」
お父様は意味深な笑顔を浮かべ、私の顔を覗き込んだ。それはいいと思うけども、報告や奏上するとかではなく、教えて差し上げる…?
お兄様の顔を見ると彼もまた、お父様そっくりの美しい顔で同じような笑顔を張り付けていた。
「…監視者として?」
私は二人を見つめながらそう呟くと、二人は笑みを深めることで肯定してくれる。それでは家臣サンティス侯爵家としてでなく、サンティスの一族として動くんですね。私は自分の頬が自然と上がり、二人にそっくりな笑顔を浮かべている事を自覚する。
「それでこそ、我が娘だ」
お父様は楽し気にそう呟いた。
あっと言う間に私達はお父様によって、国王陛下の元に連れていかれることになった。でも学園の制服やこの国の服を着ていると、侯爵家としての行動と捉えられる事もあり私達の一族の服に着替えている。里に訪れた時のような動きやすい服ではなく、サリーのような体に布を巻いた服装だ。ひらひらと胸元にレースのような編み込みがあり、小さなクリスタルが散りばめられている。
私が纏う色は濃紺から白へと、お兄様は深緑から白へと、お父様は菫色から白へとグラデーションしている。
これが妖精の纏う正装らしく、妖精や精霊の編んだ布で作られているらしい。これを簡略化したのが里に行った時の服らしいが、簡略化し過ぎにもほどがある。
「この服、どこから持ってきたの?」
私はお父様に問いかける。
「これは僕が常に身に付けている服に常時入っているよ。空間魔法の一種だね。妖精の編んだ布は身に付けた人のサイズに合わせるよう加工されているから、サイズに問題は無いはずだよ」
お父様はにこやかにそう言って、着替えた私の周りをくるくる回っている。
「ああ、可愛い。我が娘はやはり天使だ」
「同感です、父様」
「ルーも流石に似合うね」
「父様こそ」
お父様とお兄様は満足そうに私を見て、互いに頷き合っている。二人の溺愛が重いしナルシストも凄い。この人たちは自分たちが綺麗な事を分かっているから質が悪いんだ、本当に。
「それじゃあ、さっそく行こう」
お父様はそう言うと右手を高く挙げ、見た事もない魔法を練り上げる。そしてそれは空に羽のような模様を描き上げるとふわりと消える。
「これで今から監視者が行くというのが陛下に伝わるんだ。さあ、先触れは出したよ」
「へえ、これが言っていた魔法なんだね」
「ルーもそのうち使う事になるから覚えておくように」
お兄様は頷くと小さく笑った。この魔法はきっと次の当主専用だから、私は覚える必要はないはず。その考えが透けて見えていたのかお父様がこちらをぐるっと向く。
「勿論、トリアも」
「…はぁい」
そんなやり取りをしているうちに、目の前に赤い光がふわりと花開くように光って散った。
「了承の返事だ。さて、行こうか。約束事はただ一つ、前だけを見て進め」
お父様はそう言うと魔法省の部屋を颯爽と出ていく。私とお兄様もその後ろを衣をひるがえしてついていく。扉を潜った先はいつもの雑踏とした部屋でなく、見た事もない回廊でその先を真っすぐ突き当たったところに扉がある。
お父様もお兄様も何も言わず、優雅に足音を響かせ歩いている。私もそれに並ぶようにまっすぐ前を見て歩む。あっと言う間に回廊の突き当りについたけど、誰も足を止めない。扉にぶつかるのではと思った瞬間、扉がスッと開き私達を部屋に招き入れた。