手記
お兄様はあの後なんと一晩で論文を書き上げてしまった。授業の終わった学校で大興奮したお兄様に小脇に抱えられ、魔法省に強制連行されることになった。
さて、そして目の前にいるのは愛しのお父様です。相変わらず雪崩の起きそうな書類に囲まれて息苦しそうではあるものの、元気に書類に判を押している。
「それで、僕の可愛い子供たちが今度はどんな厄介を持ってきたのかな?」
お父様は苦笑を浮かべながらも優しく笑いかけてくる。どうやら研究に手出しさせるなというファウストの言葉を気にしているらしい。私とお兄様もそれを感じ取って苦笑いを零す。
「別に関係ないとは言いませんが、昨日トリアが古代魔法を使ったので解析して論文に興したので報告に」
お兄様がそう言って手元の鞄から論文を手渡す。お父様は少し目を見開いてそれを受け取る。
「ほう、古代魔法か。久しぶりに研究が進んだみたいだね」
「ええ、やはり自分の妖精の血だけではかなり偏りが出るみたいです。可愛い妹は発想も突飛なところがあるから、全く予想していなかった古代魔法を見ることが出来る」
お兄様がそう言って私を嬉しそうに撫でる。
道中にお兄様に聞いたけど、サンティスの一族で古代魔法を使う人は少ないらしい。これはあくまで魔法の使い方が血に宿っているから、無詠唱で使えるというものという認識らしいからだ。魔法の形やどんな結果を齎すのか分かっていたら、皆無詠唱で使えるらしい。けど妖精らしく魔法を作るようなことは行わないようだ。
だから私みたいに『こんなことが出来ればいいのに』という気持ちで魔法を使う発想がないらしい。
それを聞いた私の感想は「勿体ない」の一言に尽きる。だってサンティスの一族の皆が古代魔法を体に宿しているのと同じなのに。でもそう簡単な事でもないようだ。
「トリアの様に簡単に古代魔法は使えないよ。少なくとも魔力が伴わないんだから」
このセリフを言った時のお兄様の残念な子を可愛がるような顔は、何とも言えない色気に溢れていた。
私が回想に浸っている間に、お父様が論文を読み進めている。そしてガタっと大きな音を立てて立ち上がる。そして執務室の中の奥の本棚に走って何かを取りに行く。
戻って来た彼の手には薄い走り書きのようなノートが握られていた。
「お父様、それは?」
「これは古代魔法を使っていた人物の走り書きだ。その人物は分かっていないけど、サンティスの隠し部屋に落ちていたらしい」
そのノートの表紙には何も書かれてはおらず、裏表紙には名前らしいものがこの世界では一切見ない字体で書かれている。
「ここに書かれているのが名前だというのは分かっているけど、この文字を読めた人がいないんだ」
お父様がそう言って私達にノートを手渡した。私は裏表紙から目を外せない。だってそこに掛かれているのはアルファベットで言葉はローマ字だ。
「中もこの国の言語と色々な文字が混ざっているようだね…」
お兄様はそう言いながらページを捲り、私にも中身を見せてくれた。そこにはやはりというべきか、懐かしい文字が書かれている。
「お兄様、それ貸して…」
私は引き寄せられるかのようにノートを彼から奪い取る。品が無いと咎めようとしたお父様が、私の顔を見て口を噤む。
「ベルトリア、読めるんだね?」
「ええ、お父様。読めます」
私はノートの始めのページを、声を上げて読み上げた。
『このノートを正しく読める人に私の知識を預けます。
このノートに記すのは私が魔に対抗するために作り上げた魔法たち。
どうか、正しく使ってください。』
お父様とお兄様が顔を見合わせて続きを促す。私はそのまま次のページへと進む。そこからのページには、それがどういった魔法なのかという説明が日本語で記されていた。魔法の構成とかの説明は流石にこちらの言葉でだったけど。日本語の説明を読んで初めて、どういった魔法か理解することができるようになっていた。
一つ目に、私が昨日気付いた魔力を結晶化する魔法について書かれてた。どうやらお父様はお兄様の論文に記されていた術式と、これを思い出して持ってきたらしい。
二つ目には魔の誘惑を弾く魔法が記されていた。これは私達が魔法陣化したものよりも簡単かつ便利なものだった。
そうしていくつかの魔法が記されていた最後のページに、あとがきのような言葉が並ぶ。
『私は白の乙女として役目を果たしきることが出来なかった。
戦いには勝利できたけど、多くの仲間を助けることが出来なかった。
純血を重んじるのも時と場合よ、本当に手遅れになる所だった。
この世界に精霊とエルフの禁忌の子として生を受けたけど、後の世界では差別の無い事を願うわ。
いつか呼ばれる私の同郷の貴女に。私の次にアリアドネとなった貴女に託します。
エルフと妖精と精霊との間の壁がなくなっていますように。
人間と共存できる世界になっていますように。
きっと次の白の乙女は白銀の髪を湛えた暁色の貴女でしょう?
この世界にも桜はあるのよ、いつか見つけてみてね。
白の乙女 日本人だった乙女より 』