講義
「もう…。そういう事なら早く教えてくれたら良かったのに」
初等部校長は溜息を吐くと、恨めし気に緑の妖精王を睨む。そんな視線をものともせずにニヤニヤと悪戯な視線を止めない彼は、本当に妖精らしい妖精であると思うの。
「教える義理はない。流石に今回の事はこいつらに負担が過ぎる。只でさえ白の乙女として、武術大会の魔道具の製作者として探されているのに、表立って魔道具何て作成してみろ。注目してくださいと名乗っているみたいなものだ」
妖精王のその言葉に彼女は何も言えないのか、唇を噛んで息を吐く。私はお兄様の顔を窺う。彼も苦虫を噛み潰した顔をして、私の肩に置いた手に力を込めている。
「僕は妹を差し出す気はない。初等部校長、貴女もエルフの一員だ。あの悲劇を繰り返さないために、協力してください」
お兄様はそう言うと深々と頭を下げる。私もそれと一緒に頭を下げてお願いをした。
「お願いです、校長…。今度こそ、皆を守りたいの。守られるだけの子供じゃ嫌なの」
私達兄妹を見て彼女はまた悲しそうな顔をする。
「私はあくまで国に雇われている職員に過ぎないわ…。この事を国に報告する義務がある」
彼女はそう言って妖精王を見た。
「それは困るな…。国王は察しているだろうが、表立って動かれてしまえばこの国を巻き込むことになる。この優しい兄妹はこの国を巻き込みたくないらしい」
初等部校長は、弾かれたように顔を上げて私達を見つめる。そうだ、この国は巻き込みたくない。だから私達は国を巻き込まず、自分を餌とするつもりなんだ。
「校長、それは本当です。私が狙われるのだから、この国に居たら危ないわ。でもこの国が新しい魔族を作る場所に選ばれているのも無視できないの」
私が彼女を真っすぐに見つめながらそう言うと、彼女は小さく息を吸った。
「武術大会のあの魔に飲まれかけた事件の事ね?」
「ええ、そうです。だから魔を弾く道具を作ったし魔除けの依頼を受けようと思ったの。いずれ必要になるから…」
私はそう言って溜息を吐いた。正直私の頭で考えてもここまでが限界だ。道具は必要だと思ったし、頑張って作る気もある。でもそれが危険に直結するならば急ぎたくはないことだし。
私とお兄様の様子を見て考え込んだ初等部校長は、急に満面の笑みで顔を上げて手を叩いた。
「それなら丁度いい機関があるわ!」
彼女のその様子を見て、私とお兄様は目を見合わせる。私は自分が楽になる予感を感じて、お兄様は引き攣った顔を浮かべて。
「魔道具の作成何て、魔法省に丸投げしちゃえばいいのよ」
彼女のその言葉にお兄様は崩れ落ちた。
「…それ、サンティスに丸投げと何が違うんです…」
「対外的には国が主導っていう事になるわ!家名を盾にしなくてもいいし、功績を別の誰かに投げちゃうことも出来るし」
初等部校長の楽し気な表情にお兄様は溜息を零し、お父様に連絡するために手紙を書いて妖精に届けさせていた。
ああ、お兄様の本業が忙しくなるんだね…。私は無言で心の中で手を合わせた。
『緑の妖精王だ…』
大きな水晶に映る彼の姿は不本意だとありありと感じられる。その水晶を囲むように魔法省の職員が、目を輝かせてその姿を食い入るように見つめている。妖精王達が人前に姿を見せるのは珍しい事らしいのに、こうやって記録された水晶で姿を見せるなんてよほど有り得ないらしい。
『手短に魔についての特徴を説明する』
ということで以下、妖精王の説明をまとめてみます!
・魔とは善悪の区別の無い妖精が始祖である
・あらゆる生き物の負の感情に付け入ってくる
・魔に魅入られると蛹になり、魔族として羽化する
・獣が魔に魅入られると魔獣となり、人やエルフが魔に魅入られると魔族になる
・餌となりうるのは善良な魔力、喜びや嬉しさ、好意と言った良い感情
・魅入られるのは負の感情と自分本位な思考の持ち主
かなり簡潔にまとめるとこのような感じだ。
既に知っている事実もあったけど、魔法省の人達にとってみれば晴天の霹靂ばかりなはずだ。
『故に子供が狙われやすく、正義の心ある騎士団や自警団も狙われるのだ。そして心に秘め事がある人物が目を付けられ、羽化させられてしまう』
妖精王のそのセリフを聞いて唾を飲み込む音が彼方此方で聞こえた。お父様が手を振り、水晶の再生を止める。このあとは水晶に記録されている事にしびれを切らした妖精王が大暴れする為、ここで中止とさせてもらいます。
ほら、うん、沽券にかかわるじゃん。
一先ずここまでの知識で、何とか魔道具のヒントにはなると思う。研究に邁進する彼らにはいい餌になったはずだ。部屋の隅でお兄様と様子を見ていた私の視界には、目をギラギラと光らせる猛獣のような研究者たちがいる。
鬼気迫る程の彼らの雰囲気に私は思わず息を飲んで、お兄様の後ろに隠れるのだった。