舌戦
大変お待たせしました…。
コロナが落ち着いたか分かりませんが、仕事はひと段落着いたはずなのでまた投稿始めます。
よろしくお願いします!
初等部校長の言う魔除けとは、罠を張って魔物をおびき寄せて街に近付く魔物を減らしてしまおうという意味の魔除けだ。決して魔除けではないと思うんだ、それ魔物ホイホイだと思うの。
「まあ、本当の意味での魔除けも必要だ。だが今早急に欲しいのは罠だ。何処から湧くのか、どうして必ず王都の中ではなく外で発生しているのか。何も分かっていないのだから、試す価値はあるでしょう?」
彼女のニヒルな笑顔に私とお兄様は顔を見合わせる。つまり、これから私達は多忙を極めるということだ。まずは理論から構築しなくちゃいけないし、何を餌にするのかも分からない。
「それじゃあ、魔物の研究から始めよう」
お兄様はため息交じりにそう呟いて、私の手を引いて研究室へと引き返した。
お兄様の研究室に着くと、そこにはふわふわと宙を漂う緑の妖精王が居た。
「妖精王、来ていたんですか」
お兄様は彼に笑顔を向けると、妖精王は無表情のままこちらを見つめる。
「当初の予定より、かなり早く自体が動いてるぞ。何か動くのか?」
「動くも何も無茶ぶりが多いんだもの。今日だって初等部校長から魔除けとは名ばかりの、魔物ホイホイを作れってお願いされたから…」
私がそう答えると、お兄様が吹き出し妖精王は目を瞬かせる。慌てて口を噤んだがもう遅い。
「魔物…ほいほい?」
大変見目麗しい緑の妖精王が、こてんと子供の様に首を傾げてこちらを見ている。
「大変安直かつ分かりやすい命名だね、トリア」
お兄様は肩を震わせながら、それだけ言うともう一度笑い出した。私はその様子に溜息を零さずにいられなかった。
私はお兄様が落ち着くのを待って、簡潔に前世で虫を駆除するための道具で似たようなものがあった事、それを思い浮かべるとそれ以外の名前が浮かばない事を伝えた。お兄様は納得の表情を浮かべて大きく頷いている。
「ならば、その罠を作るのか」
緑の妖精王が眉をひそめて問うてくる。私は頷いて肯定する。
「でも何におびき寄せられるのか、分からないの…」溜息を吐く。
私がそう言うと、お兄様も頷いて妖精王を見る。
「何か知恵はありますでしょうか」
お兄様が冗談めかして質問を投げかける。すると妖精王は澄ました顔で私達を見ている。
「魔が寄ってくるのは分かり切っているだろう?」
それが分からないから困っているんだ、こんにゃろう。そもそも魔物の出現は少なかった。騎士団で討伐すれば間に合う程度しかいなかったんだから。だから実はこの国に魔物に対する知識というモノは非常に少なく研究もされていない。
お兄様がそれを妖精王に言うと、彼は驚いた顔をしたがすぐに理解したと呟いて頷いた。
「そうか、戦いが起きたのはお前たちの曾祖父の代より上…。この国に記録が残っていないのもさもありなん…」
そう言って彼は私達ににやりと悪戯な視線を向ける。
「では、私が直々に講義を行うことにしよう」
妖精王のその言葉に私達はぴしりと固まった。そんな私達を見て彼は愉快そうに笑うのであった。
とは言いつつも、彼の申し出は非常にありがたい。だって、この国に知識はないんだもの。でもこの知識は私達だけで独り占めしてはいけない気がする。そう言うと彼は「アイリスも呼べばいい」とだけ言って、また笑う。
初等部校長をそんな簡単に呼び捨てはいけないと思うの。
後日初等部校長と時間を合わせ、彼女の部屋に妖精王が現れた。
「久しぶりですね、緑の妖精王」
「相変わらずだな、アイリス」
二人はにこやかに、火花を散らしながら剣呑な雰囲気を醸し出す。お兄様がそんな二人を宥めながら話を進める。
「今日は魔物の特性について、先の戦いで得た知識を下さる時間です。校長も突っかからないでください」
なんだか、お兄様が可哀そうに見えてきた。
「何故、私も巻き込まれたのかしら妖精王」
「お前は先の戦いを知らない世代だからな、知識を防衛に役立てろ。サンティスの子供達に些か投げ過ぎだ」
「あら、生徒や元教え子の成長を促すいい機会じゃないかしら」
「私情を挟むな、エルフの子よ。お前もエルフならば聞いているだろう、何が起こるのかを」
妖精王と校長はお兄様の制止何て気にもせず、にこやかに笑顔で舌戦を繰り広げている。
「エルフならば聞いている、というのは私には当てはまらないわ。私は人間の国の立ち位置で生きるようにされているのよ。里の情報は与えられない事になっているの、でも魔獣が発生する頻度から魔が活発になっているのは分かっているわ」
「それは不憫だな。エルフの族長にくだらない意地は捨てろと話しておこう」
妖精王は挑発するようにそう言って、初等部校長を見つめた。彼女は両手をひらりと上げて降参のポーズをとる。
「それよりも、何かが起きるのでしょう。近頃の魔の動きが活発化した事と関係していることなのでしょう?」
「ああ、そうだとも。今ここにいるサンティスの姫様が今代の白の乙女だ。アイリス、戦争が始まるぞ」
初等部校長は息を飲み、私を振り返る。私はどうしていいか分からず、曖昧に微笑みを返した。