白い花
昨日は再投稿してすみません…
今日は大丈夫なはずです!
すっかり夜も更け薄暗くなった廊下を一人歩く。
私の隣には誰もいない。侍女のアニーも今日はもう仕事を上がっているだろう。
廊下から中庭を見下ろす事ができる大きな窓の下に、奥ゆかしくソファが置いてある。普段は気にも留めない風景の一部となっているが、今の私には一息つくために必要な空間と化していた。
ソファに腰かけ、私は月に照らされた庭の花々を見下ろす。
静かに照らされた小さな花弁は、私の存在などまるで無視するようにその場で咲き誇っていた。陽の光に愛される花も美しいが、月夜に光る幻想的な風景も捨てがたい。
「私はどうしたいのかしら」
『私達は何を目指すのかしら』
私とベルトリアは二つの目を通して景色を見つめる。
私の目を通した景色は花々を写したものだが、ベルトリアの目には妖精たちも映り込みまるで月夜の舞踏会のような神秘的な空間を映している。
「相変わらず貴女の見る世界は綺麗だわ」
私はベルトリアに向かって呟く。私の中からベルトリアが返事をする。
『私は静かな風景が恋しいから、貴女の見ている世界が輝いて見える』
妖精の血のせいで見えない筈の瞬きに目を細める。
ベルトリアの視界は常に何かしらが瞬いている。妖精たちの輝き、魔法の残滓。夜空に透かすと流星群のような圧倒的な美しさを誇るが、見える範囲が常にチカチカして目が疲れることこの上ない。
「それならこうしましょうか」私は左目をベルトリアに差し出し、右目を私の物とした。
そうすることで左右それぞれの視点を備えることができ、私達は互いの視線を左右で使い分けることができるようになっていた。
『左目は私。右目は貴女。とてもいいアイデアね』
表情のないベルトリアが小さく笑ったように感じる。
これで私たちは見たままの景色と、幻想的な光景を慈しむことができる。
中庭に植えられている白い大きな花弁のアネモネを見つめると、前世の記憶の中にある花言葉を思い出す。
「ねえ、ベルトリア。この世界にも花言葉ってある?」
『ハナコトバ…?なにそれ』
「花言葉っていうのは花に名前を付けて、それぞれに意味を持たせたものだよ。花によっては色で意味が違うものがあるの」
『そうなんだ、難しいね。それがどうかしたの?』
ベルトリアは私の目を通して、改めて庭を眺めているらしい。
私はそんな庭の隅の一角を指し示し、白色のアネモネを見つめる。
『…アネモネ?あれがどうかしたの?』
ベルトリアの不思議そうな声が私に響く。
この花は大きな花弁が特徴の可憐な花だ。赤や紫といった色もあり庭では白い花が力強く咲き誇っている。
「私のいた世界でアネモネの花言葉は悲しいものだったの。(儚い恋)、(嫉妬のための無実の犠牲)、そして(薄れゆく希望)」
ベルトリアの息を飲む声が聞こえてきた気がした。少し焦ったような、冷静さを欠いた雰囲気が伝わってくる。その珍しさに思わず笑ってしまう。
『なんで笑うの?こんな花縁起が悪いわ!!』
ベルトリアの怒った声が聞こえてくる。このまま放っておいたら根こそぎ抜かれてしまいそうだ。
「焦らないでよ、色毎に意味が違うって言ったでしょ」
私は彼女を落ち着けるように声を掛ける。
『それなら白色になんて意味があるの?』
物凄く不満そうな声が聞こえてくる。ここで笑ってしまうと台無しだ。私は笑いを堪え、一息飲み込む。
「白色のアネモネの意味は(真実、期待、希望、真心)よ。私はこの白のアネモネが目についた。隣にある(悲しみ)の紫のアネモネではなく。」
アネモネは多様な意味を持つ。暗い意味も明るい意味も。
でもこの瞬間に目についたのは真実に期待に、希望だ。天は私を見放してはいないのだと何となく感じることができた。
ベルトリアも私の気持ちを感じ取ったのか、落ち着いた様子でしばらく庭を見つめていた。
「ねえ、貴方。ベルトリアは思ったより強い子に育っていたのね」
「そうだね、僕たちの知らないところで二人で戦っていたのだね」
ベルトリアの両親である二人は談話室に残ったまま、ワインを片手に話をしていた。
父親であるイアン・フェアリア・サンティス侯爵は先程の娘の様子に記憶を馳せる。まだたったの五歳で己が未来を変えるため、努力をしてきていた幼い我が子。だが魂は二つあり、この世界の大人たちを信じることができないでいる。
きっとそれはベルトリアが見た未来の結果なのだろう。彼女の見た未来は一体どんな恐ろしいモノだったのだろうか。両親を味方に付けることができないほどの結末だったのだろうか。
「あの子たちが再び一つの存在として成るまで、私達は何ができるかしら」
母親のマルガレット・エルフィア・サンティス侯爵夫人は表情を暗いまま、考えを深めていく。娘の話は自分達の予想を超えた話であることは間違いなかった。私達は娘の中に妖精が溶け込んでしまったのだと最初予想していた。妖精が幼子に悪戯をしようとして間違って取り込まれてしまう事は実はままある。
だが実際は人間の魂二つの共存、古代魔法。これはエルフと妖精の血を引く彼女だからできた芸当でもある。
「少なくとも今僕たちにできる選択肢はこれしかない」
イアンは僅かに先を見通せる妖精の瞳を通して、最善の未来を選択したようだ。
「あの子たちの兄に会わせよう。」
マルガレットは息を飲みこみ、小さく頷く。
ゆっくりとゲームとは違う未来へと、風向きが変わっていくのを感じた。
いつも読んでいただきありがとうございます!!