日常に
後半に少しだけ、ロイス視点入ります。
曾祖母様が亡くなって一週間ほど休みをもらった私達は、ようやく今日王都に戻って来た。帰りは馬車でのんびりとはいかないけど、少し急ぎ足で帰ってくることになった。お父様に緊急の仕事が入ったのが理由らしい。帰りも転移魔法で送ってくれるほど、王達は優しくないらしい。
王都に戻るとお兄様とさっそく学校に戻る。授業にもかなり穴をあけたので、授業について行けるようにまた勉強をしなくちゃいけないな。寮に戻ると日が暮れている時間で、いつもの面々が迎えてくれた。
「おかえり、トリア」
「ただいま」
私は皆に笑顔でお礼を言う。まだ心から笑えるほど落ち着いてはいないけど、自分の中で折り合いは付けてきたつもりだ。これを引き摺ってうじうじするのはきっと怒られる。
「身内が亡くなったって聞いたよ」
シリウスが心配そうにこちらを窺っている。私はそれに頷いて肯定する。
「突然泣き出したから驚いたでしょう?」
私がそう言うと皆視線を逸らす。あからさまにそうされる事でかなり話題になったのだろうと理解する。
「バンシーの血筋だろうから仕方ないさ」
ロイスがそう言って苦笑する。私もそれに対して苦笑で返す。
「曾お婆様が亡くなったの…。明るい楽しい方だったから、これから仲良くしていきたかったのに…」
そこまで言うと、目元にじんわりと涙が浮かんでくる。アリアがそっと私の背を撫でてくれて、小さく「ありがとう」とお礼を言う。
「とりあえず今日は疲れただろ?部屋に帰って休むのがいいさ」
アルはそれだけ言うと私の手を引いて、そっと部屋に連れて行ってくれた。私はその気遣いに感謝して、今日は休むことにした。
その夜更けにまた、鐘の音が遠く響く。窓の外には王都の外の森に向かって明かりが列を成して移動している。騎士団か、自警団か分からないけど、きっと外の森に魔物が出現したんだろう。
私は右手でそっと窓の縁を撫でる。どうか今夜は誰も犠牲になりませんようにと、祈りながらすっかり冴えた目を窓から離してベッドに戻った。
学校では私がお兄様と泣いていたのが噂になっていたらしいけど、バンシーの血を引くのは有名な話ですぐに噂も消えていった。噂も何も事実だしね。
最近増えていた魔物の出現の件で、学校の警備にも力が入ったようで騎士団の方々をよく目にするようになった。でも学校内ではまだ魔物を見た事はない。
「おはよう、トリア」
「おはよう、ロイス…ってちょっと!顔色が悪いわ!」
朝の挨拶をロイスと交わした時、彼の顔色は青白く疲労の色が濃いのが見て取れた。ロイスは笑いながら手を振って大丈夫という。
「大丈夫に見えないわ、アリアを呼んでくる」
私がそう言った時ロイスは真顔でこちらを見る。
「ダメだよ、大丈夫。僕は今日休むから授業のこと教えてね」
彼はそれだけ言うと、こちらの返事も待たずに部屋に引き返していった。私が首を傾げてその後ろ姿を眺めていると、丁度よくアリアがやって来た。
「おはよう、トリア。どうしたの?」
「あ、アリア!丁度よかった。ロイスの体調が良くないみたいなの…。今はもう部屋に戻っちゃったけど心配で」
「ロイスの体調…」
アリアは眉を顰めると、一瞬厳しい顔をする。しかしそれも一瞬の事ですぐにいつもの顔に戻る。
「私、後で様子を見てくるから大丈夫よ。トリアも心配しないで。そんな事よりご飯よ!」
アリアに力強く手を引かれ、私はそれに引かれるように食堂に向かった。
◇◇◇◇
部屋のカーテンはすっかり閉め切った。
仄暗い部屋の中は何だか妙に落ち着いてしまう。これが自分の中の闇の血の影響なのかなって考えて、苦笑いを浮かべてしまう。
「ロイス…。貴方また無理をして闇の関知をしたわね」
いつの間にか部屋に入って来ていた片割れのアリアが、怒った顔でこちらを見ている。
「最近、魔物が増えているから。きちんと見るだけじゃなくて、誤魔化しておかないと…」
僕がそう言うと彼女は溜息を吐く。僕がやっている事は今の実力から離れたことだ。闇の力があったとしても、それは僅かな力なんだ。
「これ以上しないで、お願いよ。魔に魅入られたいの?」
アリアはこちらを不安げに見る。僕はどうもこの視線に弱い。可愛い妹に心配をかけるのはいただけない。これからはバレない様に調整しなくちゃ。
「そんなことにならない様に頑張るよ。傍でトリアを守れなくちゃダメだから」
僕のその言葉に安心したようにアリアが笑う。それに僕も微笑み返して、ベッドにもぐりこむ。侍従の用意してくれた水を一口飲む。
「それじゃあ、本当に顔色が悪いからもう寝てね。おやすみ、ロイス」
「おやすみ、アリア」
僕はそう言って静かに笑った。