大人の話
曾祖母の葬儀が終わって、水の郷に戻って来た。曾祖父とお爺様とお父様がどこかの部屋に入ってしまい、私はお兄様と二人夕暮れの庭に来ている。やっぱり水の中だからか、水草のような植物が揺らめいている。流石に街の中に魚は泳いでいない。
…そんな風に違うことに気を反らしても、悲しい気持ちは晴れていかない。これから、仲良くなっていくところだったんだ。気持ちが暗くなり、思わず下を見る。
「ベルトリア…」
名前を呼ばれて顔を上げると、そこには私と同じ泣きそうな顔をしたお兄様が居た。私は黙ってお兄様に抱き着いた。彼もそっと私を抱きしめてくれた。
「人が死ぬのは、君は初めてだね」
「うん、お兄様…」
「突然涙が出てきて、怖かっただろう?」
「驚きよりも悲しい感情が溢れてくるのが怖かったわ」
お兄様は私を落ち着けるように語り掛ける。そうだ、学校で泣き叫んでからあっという間に葬儀になったんだ。あの時の驚きとか、今はもう忘れてしまっていた。
「…この郷には年配が少ないのは、前説明されたよね?」
「…うん」
「二百年前に起きた魔との戦いで、お爺様のお爺様の世代がかなり亡くなっているのは効いたと思う。曾お爺様達の世代は両親を亡くした世代だよ」
私はその言葉を聞きながら、黙って息を飲む。彼らからしてみたら、今回起こる戦いは弔い合戦であり悲しみの再来だ。王達も複雑そうな顔をして関わりたくないというほどには、傷を残しているのだ。
「曾お爺様達は二百歳を少し超えたところだ。あの頃を知っていらっしゃるんだよ」
お兄様はそれだけ言うと私の頭をふわりと撫でてくれた。
でもその事を聞いてしまった今、気になることが出来た。曾祖母の胸元にあった修復痕だ。あれは新しいもので魔法の痕が色濃かった。
「お兄様…、私曾お婆様の身体を精眼で見てしまったの」
私がそう言うと、お兄様は目を見開いて固まる。ああ、やっぱりお兄様は何かを知っている。私は彼の視線を黙ってじっと受け入れた。大人の話に混ぜてもらうために。
お兄様は溜息を吐くと私の手を引いて、お父様たちの元に連れて行ってくれた。
「お兄様の口からは話せないよ。お爺様達に聞いておいで」
部屋に入ると涙を流して頭を抱える曾祖父と、歯を食いしばっているお爺様とお父様が居た。三人は驚いた様子でこちらを振り向き、お兄様に訝し気な視線をやる。どうして連れてきたと、目が語っているのが分かる。
「父様、トリアは気が付いているようですよ」
お兄様はそれだけ言うと私の背を押す。私は一歩前に出ると三人をそれぞれ見る。全員が何とも言えない顔をしてこちらを見ている。
「曾お婆様の胸元に、修復の魔法の痕があるのに気が付いたの…。ねえ、教えて下さい。何が起きたの?」
私がそう言うとお父様が息を飲んだ。まさか娘が気が付いているとは思わなかったようだ。
お爺様はやはりと言った風に溜息を吐く。曾祖父は目に力を入れて歯を食いしばっている。
「…父上、誤魔化すのは難しい」
お爺様は曾祖父にそう言うと、私を手招きした。
「できれば子供には聞かせる話ではないんだがね…、お前は聡いね」
そう言って、曾祖父は私にかいつまんだ状況の説明をしてくれた。血生臭い事は省いて事実だけの説明だったが、その話に私はまた涙を零してしまった。
曾祖父の話では、曾祖母は妖精達と一緒に郷の外の森を散策していたらしい。しかしその時この森に居ない筈の魔物の気配がして、妖精達を逃がしたところで襲われた。妖精に呼ばれた曾祖父たちが駆け付けた時には、虫の息だったという。
襲った魔物は高位のモノだったようで、駆け付けた時には既に転移魔法で逃げ去った気配が見て取れた。慌てて回復の魔法や傷の修復魔法を施すも、甲斐なく曾祖母は亡くなってしまったのだ。
彼女が亡くなったのは、これから始まる魔との戦いのせい。
水面下での戦いが始まりつつあるという事なのだろうか、いや既に始まっているという主張なのかもしれない。私に夢の魔法で攻撃を仕掛けてきた事から、狙うならこっちだと踏んでいたのに。魔から逃げる為のお守りを身に付けたら、この郷に被害が出てしまった。
「私のせいだ…」
思わず口から零れた言葉は、私の意思とは関係ないものだった。でも心の奥底に抱いていた本心でもあった。
「ベルトリア?」
お父様が私のところに駆けてくる。
「どうしたんだい?」
私はお父様を見上げて、その私と同じ色の瞳を見つめる。
「私のせいだよ…」
お父様は私の言葉に、動きを止める。その行動が私の気持ちを肯定しているように感じ、尚の事悲しさと後悔が押し寄せてくる。
「私がこのお守りを身に着けていたから、魔を祓ったり調子に乗ったから、こっちに来たんだよきっと…。私のせいだ…」
ぼろぼろと涙が零れ、その場に蹲る。ハッと息を漏らしてお父様が私の背を撫でる。
「違うよ、そうじゃない。トリアのせいじゃない…」
お父様のその言葉を聞いても涙はむしろ滝の様に溢れる。その時、一段と低い優しい声で名前を呼ばれた。曾祖父だ。
「これはお前のせいじゃないよ、戦争なんだ。お前が狙われ、死んでしまったら郷どころか国ごと皆殺しになる戦争なんだ。お前の代わりにユリアが狙われてしまったが、ひ孫の身代わりになって守れたのだと彼女は誇るだろう」
曾祖父の力強いが震える声に、私は顔を上げる。辛そうな、少し怒った顔を浮かべている。
「ユリアは私の顔を見た時、“あの子の代わりに狙われて良かった、あの子じゃなくて良かった”と言ったんだよ。曾お婆様の気持ちを受け取りなさい」
曾祖父はそう言うと、私に近寄ってそっと頭を撫でてくれた。魔との戦いが起きると分かってから、武術大会の時から強くなってきた自分を責める気持ちが、少しだけ許された気がした。