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日常と異変



特別休暇から一週間が経った。エルドー家の面々はサンティスで保護された後、国王陛下からのお達しで子爵家へと下げられ長男のロナルドを当主として迎えられることになった。アレンは実験の結果妖精憑きになったとされ、サンティスの傍系であるお父様の従弟のイグニス卿に引き取られることになった。彼らはサンティスの分家として領地に居たが、この機に王都に戻ってくることになった。

イグニス卿の夫婦には子供は長年居らず、二人ともアレンを養子に迎えることを快く受け入れてくれた。


という訳で、今日からアレンが再び学校に登校してくるのだ。私とクレアお姉さまは寮の談話室で今か今かと待ち構えている。

「二人とも…」

呆れたように笑うのはシリウスだ。アルがアレンを迎えに行く係りとして呼ばれた為、私の護衛としてアルに頼まれたようだ。本人はそれを甚く気に入ったのか嬉しそうに頷いていた。

「だって、アレン先輩が久しぶりに来るもの。今度は親戚としてよ」

「幼馴染として複雑な心境もあるのよ、何で頼ってくれなかったのか…」

私達は思い思いに呟く。クレアのいう事は一つの考え方だが、実際としては頼る事なんて出来なかっただろう。そんな事は彼女も分かっているからここで待っているのだ。

「…待っててくれたの?」

静かに開いた扉に顔を向けると、唖然とした表情のアレンが見えた。そしてその後ろにアルの苦笑いも。クレアお姉さまは勢いよくアレンに飛びつくと、嬉しそうに笑っていた。






という訳で今日より授業の始まりです。主に学ぶのは薬草学とか、魔法古語だ。魔法陣はファウストの管轄になる為学ぶことはできないが、それに使われているのが魔法古語だ。それ自体の知識は、魔法の発動に使うことが出来たり、短縮に役立つから学ぶのだそう。

王都の外の東の森では相変わらず、魔物の発生が多発している。騎士団での対応で間に合っているだ、これが他の場所でも起こると手が回らなくなってしまうらしく自警団が作られているらしい。

そんな平穏な学校生活に加えて、一つ変化が起きた。それは周囲の私に対する評価だ。


「花姫だ…」

「茨姫だろ?あの縛った茨を見たかよ」

「無表情に攻撃するあの感じ、たまんねえよな」

「いや、こええだろ」


つまり、儚げで守ってあげたい弱々しい花姫の印象が消え去り、冷静に残虐な攻撃を仕掛ける茨姫へと進化したのだ。全く有り難くないグレードアップだけど、自業自得だから仕方がない。

「あんな噂を流すなんて、トリアに失礼だと思わないのかな」

アリアが憤慨した様子でそう言う。ロイスもそれに追随して頷くが、その横でマークは苦笑いしている。

「トリアさんがとても強かったから、皆言い訳したいんだよ」

彼のフォローにならないフォローに、シリウスが横で吹き出す。アルなんて顔を顰めて不貞腐れている。

「俺の方が弱いなんて思われているのが納得いかない」

徐にアルがそう言うと、周囲で噂をしていた面々がヒッと息を飲む。顔を上げるとアルが睨みつけているのが見えた。本当に虫の居所が悪いようだ。

「どっちもアレン先輩に負けているんだし、似たようなものでしょう?」

シリウスが揶揄うようにそう言うと、私の頭をふわりと撫でる。

「凛として強いトリアは、本当に僕の自慢の友達だよ」

シリウスはそう言ってにっこりと微笑む。その笑顔に自分の中に抱いていた苛立ちも、すっと溶けていくのを感じた。




学校での武術大会の熱はすぐに冷めることになった。何故ならそれからすぐに研究の中間評価が行われることになったからだ。グループ毎にレポートにまとめて提出するそれは、勿論浄化についての研究を発表する。武術大会で魔道具にしたこともあり気合が入るというモノだ。

あっと言う間に提出の日がやって来て、必死に作り上げたレポートをお兄様に提出した。その後部屋に呼ばれて夏休みに書いたレポートを引用したことを怒られたりもしたけど、着眼点から良い評価をもらえた。

その頃には、秋も深まり冬の足音が近寄っていた。

木枯らしが吹き抜ける中、授業の移動の最中だった。

突然胸を悲しい感情が覆いつくした。思わず足を止めた私に、皆は訝しげな顔をしてこちらを見てくる。

「トリア、どうしたの?」

アリアが心配そうにこちらを見る。そのアリアに向かって何かを言おうとして、口を開いた。しかし口から出たのは嗚咽だった。耳元で何かが泣き叫ぶ声がして、それが私の声だと気が付いた時にはシリウスに抱きしめられていた。

そして移動先の教室から目に涙を浮かべたお兄様が飛び出して、こちらに向かって走ってくるのが見えた。その姿を見て私は察した。



誰かが死んだ。

それも身近な誰かが死んだ。



私達に流れるバンシーの血が、それを知らせたのだ。

サンティスにバンシーの血が流れているのは有名だ。お兄様は泣き叫びそうな自分の唇を噛み締め、それを堪えているようだ。私もそれを真似して抑え込む。すぐのお兄様の研究室に駆け込むと、お兄様が防音の魔法を掛けて私を抱きしめた。

再び耳元で悲痛な叫び声が響いた。それはお兄様の声なのか、私の声なのか分からない。でも声が抑えられないほどの悲しい感情がとめどなく胸から溢れてくる。

抑えきれない不安と、悲しさを胸に私達はただ涙を流した。


これは、小さな異変の始まりだった。




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