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幕引き



夕食の席に呼ばれる頃には、陽はかなり傾いていて涼しい風が吹いていた。アルとアレン先輩を連れて、我が家の食堂に案内する。そこには既にお父様とお母様、お兄様が揃っていた。

「お母様!!」

「可愛いトリア、よく顔を見せて?」

お母様と会うのは一ヶ月ぶりくらいになる。思わずそちらに駆け寄ってしまうが、ハッとしてアレンに目をやる。アレンはこちらを気にする様子もなく、面白いものを見たという風にクスリと笑った。

「ベルトリアが思った以上に甘えん坊な少女だと知れたね。いやあ、これはいいネタになりそうだ」

「やめてください」

「…事実だろう」

私達は軽口を交わしながら、案内された席に着く。お父様とお兄様は互いに目配せして、何やら大人のやり取りをしている。それを見る私をお母様がにっこりと笑いながら気を反らせてくる。見事な連係プレーである。

食事が運ばれてきて、あっという間に胡乱げな気配も消え去り楽しい時間となった。




「食事も終えたし、本題に入らせてもらおうか」

お父様が笑顔を変えずにアレンに向かって話を切り出した。それに対してアレンも貴族的な笑顔を張り付けて笑顔で頷く。

「我が家だけでなく、ファウスト、妖精王達と協議した結果君の実家には退いてもらおうという結果になった。正確には父親だけなのか、一族をというのかは決めていない」

お父様は笑顔を消して言葉を続ける。彼の父の単独の行動ならば元凶は退席してもらって息子に爵位を、という話になったようだ。でも分家や周囲に研究を吐露しているならば、それは叶わない。

「父親は周囲には話していないでしょう。彼と別邸、そしてあいつの執務室と書斎を消せばどうにかなるでしょう」

アレンは真顔のお父様に対して笑顔を崩さない。お兄様は彼を見極めるようにじっと視線を外さない。

「諸々の場合、母や兄弟はどうなりますか?」

アレンは徐に言葉を発する。それは私も気になるのでそっとお父様に視線をやる。

「君の父親単独の場合は、きっと爵位降格の上で君の兄君が爵位を継ぐようになるだろう。そのように陛下に陳情しよう。でも一族全体であった場合、母上は何も知らないのであれば実家に帰そう。兄妹に関してはそれぞれ分家に行くか、陛下のお心次第だ。私達は国から独立した家ではあるが、国に属している建前もある。今回は陛下の意思に従う事にあるだろう。だが、父上に関しては間違いなく二度と会う事は出来ないだろう」

お父様はそう言うと、表情を消したままアレンを見つめた。アレンの視線は一瞬泳いだが静かに目を閉じると大きく頷いた。


「確かに、父は禁忌を犯したのでしょう。正直、顔も見たくないので清々します。でも母は、一度抱きしめてくれました。それを信じたい」

アレンはそう言うと、弱々しく笑った。お父様はそれを見ると寂し気に表情を歪める。そしてお兄様を見て、お母様を見る。互いが頷いたのを確認すると、もう一度アレンに目をやる。


「さて、君さえ良ければの話でここだけの話だ。君は間違いなく妖精憑きで血を引く存在だ。人間の界隈に残しては置けない。そこで君をサンティスに連なる血筋のどこかにまずは預けたいと思う」

お父様はそう言うと黙ってアレンを見つめた。この国で妖精憑きや精霊憑きが見つかるとサンティスで一度預かるようにしている。それを申告していないというより、自ら作り上げてしまったエルドー伯爵は脅威になる。偶然に出来てしまったといっても、哀れんだ妖精や精霊が手を貸さないとも言えないのだ。

「それは仕方のない事だと思います。それに僕は長男ではないし、どこかに養子になっても可笑しくはないですし」

アレンはそう言うと、少し寂しげに笑った。お父様はその返事に満足げに頷くと、ウィルの持ってきた手紙にさらりとサインを施し妖精に運ばせた。きっと王城に向かう手紙だろう。

「アレン君、君はしばらく渦中の存在になる。学校に戻るか兄妹と母上と共に私達に保護されるか選んでほしい」

お兄様はアレンにそう問い、真剣な表情で向かい合う。アレンはただ「家族と共に」とだけ答えて笑った。







次の日には王都は騒がしくなった。貴族のタウンハウスには憲兵や騎士が行き交い、一つの貴族の家を囲んでいた。夜の内に屋敷に居た幼い妹と領地に居た母親はサンティスのこの屋敷に保護された。馬車で三日はかかる距離のエルドー領からどうやって連れてきたかはウィルが口を割らないので分からない。でもアレンの母親と思われる女性が大変気分が悪そうに寝込まれていたので、そういう事だと思う。

学校からもアレンの兄がこちらにやって来て、久しぶりに親子の再会を果たしていた。


「この度は父がご迷惑をかけ申し訳ございませんでした」

アレンの兄のロナルドがお父様に頭を下げる。ここは我が家の応接間に当たる場所で、私的な空間というより公的に使われることが多い。

「ロナルド殿、申し訳ないが父上の処断は免れない。王の沙汰を待つしかないのが現状だ。しかし君たちが巻き込まれるのは本意ではない。長男の君には事情の聞き取りがあると思うが、ご家族はこちらで保護を確実の行おう」

お父様はロナルド様にそう答えると、美しい顔を崩さずに真っすぐ彼を見つめた。ロナルド様は小さく頷いて自分の母親を見る。


「母上、ご無事で何よりです」

「貴方達も。何よりもアレン…。貴方を助けられずごめんなさい…」

エルドー伯爵夫人はそう言って、涙ながらにアレンを抱きしめた。その様子にロナルド様は目を丸くされる。

「…母上、どうしてですか?こいつは…父上の不義の子では…」

ロナルド様が思わずと言った風にそう呟くと、伯爵夫人キッと鋭い目つきで自身の息子を見つめる。

「何を言うの。この子は間違いなく私の子、あの人の実験の為に産まれてすぐに奪われてしまった…」

「でもこいつは妖精の血を…」

「それはあの人の実験の結果よ…。この子について語るのが禁じられていたから、貴方達に話せなかったのが誤解を招いたのね…。弱い母でごめんなさい」

伯爵夫人はアレンをもう一度強く抱くと、アレンは苦しそうに顔を歪めながら母親を見つめる。

「は、ははうえ…。僕を息子だと言ってくれるの…?」

その言葉にロナルド様は目を見開いて、顔を激しくゆがめて視線をそらした。その顔は怒りと戸惑いに歪んでいるのが分かる。

「当たり前でしょう。辛い思いをさせてごめんね」

彼女はそう言って涙を流した。そしてその瞬間アレンの瞳から溢れんばかりに涙が零れた。アレンは声を上げる事無く静かに泣いていた。母親の胸に縋りながら、静かに泣いた。

そのすぐ後ろでロナルドが顔を歪めているのが目に入る。現実に納得がいかないと顔に書いてあるのだ。私はそっとお母様の手を離れ、ロナルドの手を掴んで部屋の隅に連れていく。

「サンティスの妖精姫か。どうした」

不機嫌に呟く彼に私はアレンの過去の話を幻影として見せた。それは妖精王の話、彼自身の独白を聞いた私の記憶だ。記憶の譲渡のような形で彼の中にそっとそれを送ると、ロナルドは顔を歪め、驚きに、悲痛に、悔しさに顔を歪めた。


「アレン先輩のお兄様。これは真実です。妖精王から教えてもらった真実です。どうかアレンを受け入れてあげて」

私はそう言ってすぐにお母様の元に戻った。お母様は私が何をしたか分かっている様子だったけど、何も言わなかった。ロナルド様はしばらく立ち尽くしていたが、踵を返して母親とアレンを上から覆うように抱きしめた。

アレンは驚いた顔をしていたが、そのまま親子は無言で身を寄せ合っていた。





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